落語を真面目に、というのもおかしいことだが聞き始めて足掛け5年になろうかとしている。この間、落語の本を読んだりホールに落語を聞きに足しげく出かけるようになった。足繁くといっても、自分の生活パターンからして年に4~5回だ。朝日ホールや新宿紀伊国屋などに通っている。普段はテープ、CDなどを寝る前に聞く。時にはそのままぐっすりと気持ちよく寝てしまう。誠に精神衛生上具合がよい。まぁ、そんな訳でそろそろ一言書かせて貰ってもよいかなぁということで今日は落語のことを書く。というのはなかなかこの世界、奥が深くて、各界の有名人や作家などにも古くからのフアンが沢山いて、うかつなことを書くと恥をかきそうで怖い面があるからだ。逆に、落語のいくつかを知ってから、文芸書などを読んでいると意外なところで、落語の話をもじった会話がさり気なく挿入されていて、思わずにんまりしてしまうことがある。これなどは以前は味わえなかった読書の楽しみの一面だ。言葉の裏側で落語での噺の世界のストーリーを思い出しながら読むと作者のいたずら心なども伺えて面白い。いわゆる本の深読みというのか、何か得をしたような気がすることもある。
昨日は久しぶりに「朝日名人会」。6ヶ月の通しチケットが入手できたので暫く楽しめる。
昨日のとりは柳家さん喬師匠の「百年目」:人情話の範疇か?
日頃は口うるさく店の従業員に小言を言い続ける堅物で通る番頭さんが、お得意さんを廻るといい置いて外出。実は近所で着替えして芸者衆を連れての隅田川の桜を屋形船で賞でようという趣向。最初は人目を用心して商事を閉めたままでお酒を飲んでいたが、酔いが廻ってお太鼓持ちの一八に乗せられて、大石蔵之助(由良助) になって芸者衆を捕まえるお遊びを川岸で始め、そこに来合わせたお店の旦那を間違えて掴ませる、という話。ここからが面白い聞かせどころなのですが・・詳細は<a href="http://ginjo.fc2web.com/69hyakunenme/100nenme.htm">こちら</a>でお読みください。
リンクサイトでも紹介されている六代目三遊亭円生師匠の百年目はCDで聞いたが、滋味あふれる声で演じられる「百年目」は実に素晴らしい。話術というものの奥の深さを感じさせるものがある。さん喬師匠の話はこれで3度目か?師匠の思い入れが話に強く入りすぎて自分の好みから言うと、ちょっと・・・というところがあるが聞かせるものは持っている。もう少し人間が枯れてくると楽しみな噺家になるような気がする。そのほかに、三遊亭好二郎、桂平治、柳家権太楼、三遊亭小遊三。
最近は、地元でも気軽に聞けるようになって嬉しい。八王子寄席とか南大沢寄席なども時々覗いて楽しんでいる。
2007年4月22日日曜日
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