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2021年8月28日土曜日

朝ドラと鈴木京香

 今回の朝ドラ「お帰り、モネ」は久し振りに面白い。タイトルの音楽には中々なじめないが、3.11東日本大震災を経験して10年という節目を意識したのだろうか、この過ぎ去った10年が決して過ぎ去っていないで人々の胸に突き刺さったままの人たち、その時を偶然、仙台に行っていたために難を逃れたことが負い目になっている主人公の百音。皆、あの時を胸に畳んで生きている姿を気象予報士に挑戦していく百音の心の動きを通して描いている。この百音と妹の未来との心の複雑な絡み合いもあって目が離せない。この姉妹の母親役が鈴木京香だ。最近、露出度が高いのだろうか?いい母親役を演じている。先日観たテレビドラマ、「ライオンのおやつ」でも離島でホスピスを営む女主人を演じて慈愛に満ちた振る舞いを見せていた。昭和43年、宮城生まれだとか。いい年の取り方をしてきたのだろう、と思う。

2021年4月2日金曜日

原発についての中川秀直の感慨

 今日は毎日新聞に掲載された特集から主要部分をコピーして、以下に紹介する。

「官房長官などの要職を歴任した中川秀直・元自民党幹事長(77)が、原発廃止とエネルギー政策の転換を求めて活動している。安倍晋三前首相らの出身派閥、清和政策研究会(清和会、現在の細田派)の代表世話人を務めたこともある政治家が、政界引退後の今、「原発再稼働は犯罪的。亡国の政策だ」とまで言い切るのはなぜなのか。東京都内の事務所を訪ねて疑問をぶつけた。 「全部ウソだったと分かったからですよ。原発の『安全』『安価』『安定』、すべて虚構でした」

 中川氏の答えは明快だった。喜寿とは思えぬエネルギッシュな表情で、180度「転向」した理由を切々と説明し始めた。

 「信じていたんです。資源のない日本で、温暖化を防ぎながら、しかも安いエネルギーは原子力しかないと。日本の原発は『多重防護』で守られていて、原子炉格納容器は絶対に壊れないと専門家から説明されていた。自分でも勉強して、そう確信していました」

 ところが2011年3月11日、東京電力福島第1原発は東日本大震災の激しい揺れと大津波に直撃され、3基がメルトダウン(炉心溶融)。東電が「絶対に壊れない」と主張してきた格納容器の底が抜けて核燃料が溶け落ち、建屋が爆発して大量の放射性物質が大気中にばらまかれたのだ。あの日、中川氏は目が覚めたという。 「政府も東電も我々も皆、間違っていた。政治、行政、司法や産業界、学界、労働界、マスコミまでが安全神話を振りまき、とりつかれてきた。なのに事故は『想定外』だったとして、誰も責任を取っていません」 事故から10年たっても、東電はいまだに推定880トンもの溶融燃料(核燃料デブリ)を手つかずのまま取り出せていない。これは米スリーマイル島原発事故の7倍近い量だ。仮に取り出せたとしても、どこで保管し、どこで処分するかは今も決まっていない。一方で高濃度の汚染水が発生し続け、敷地内の土壌自体も汚染が止まらない。この汚染土も外部に運び出しようがない。 深刻なのは、事故後に16万人が故郷を追われ、そのうち数万人が今も避難生活を余儀なくされていることだ。「10年前の今ごろは首都圏を含む5000万人が避難を強いられる一歩手前だった。原発事故が起きると、国がなくなる恐れがある。亡国の道具と言っていい。なのに今だけ、金だけ、自分だけのために原発の再稼働を進めるのは亡国の政策であり、犯罪的です」

 語り口はソフトだが、目が怒っている。愛する郷土と国土を守り、国民の生命財産を守ることを最優先に考える保守政治家だからこそ、原発に固執する勢力を許せないようだ。「既にたまっている放射性廃棄物だけでも広島・長崎の原爆数百万発分に相当する量です。中間貯蔵も最終処分もできないまま増えてきた。今や原発は日本最大の危険物です」

2019年3月11日月曜日

8回目の311

ここまで15年間続けてきたパソコン関係のボランティア活動は今やスマホ・タブレット講座に主役が変わっている。その3月講座が毎週月曜だったので、今日もその日だった。何と、奇しくもそれが311。「今日は講座の途中に14時46分を迎えるので、その時に黙とうしたいのだがどうでしょう?」と問いかけました。受講している皆さんはみな、70~80歳代の同年配者だったが、否応もなく異口同音にうなずいてくれた。あの日あの時皆さんはどこで何をしていましたか?という問いにはそれはそれは色々な状況で迎えていたことを知りました。そういう自分は前にも書いたかもしれませんが日本橋茅場町で友人の小さな会社のIT環境の整備を請け負っていて週に2~3回、通っていた丁度その当日でした。茅場町の交差点に立つ鉛筆ビルのような9階建てのビルの8階にいました。その揺れようは体験したことのないものでした。椅子から立ち上がったままで身動き一つできず、周りで揺れているファイリングキャビネットが倒れ掛かるのを防いでいたのか、キャビネットに自分が支えられていたのか分からない状態でした。揺れが通常の地震のように収まりかけたなぁ、ヤレヤレと思った間もなく、第2弾の一段と強い揺れが襲ってきました。後にいうマグニチュードを上方修正した初動を上回る最大の揺れだったのです。津波をより強烈にした大きな要因ではなかったかと思っている揺れだった。同じフロアのフリーアクセスが重いロッカーで崩れ、オフィス内は惨憺たる有様だった。あの2弾目の強烈な揺れから体を支えながら、これはひょっとしたら2回目の関東大震災ではないのか!という思いが頭をよぎったことも鮮明に思い出せます。だとすると命の危険もあるなぁ、とも思いました。八王子の家に帰りついたのは12日の午前4時ごろでした。家に帰りついた途端にまた強烈な揺れが襲ってきました。それはラジオで松本地方の地震(栄村震災とか長野北部地震とも呼ばれている)と知りました。小松左京の日本沈没を思い起こさせました。この時の話をしていると声が震えだす、涙が自然と湧き上がってくる。災害王国の日本なのに対策、対応のなんとお粗末なことか、劣悪な避難現場の生活環境を当たり前のように受け入れている我々日本人はあまりにもだらしない、情けない。施政に物申すべきではないのだろうか?政治はもっと色んなことができるはずだ。

2016年3月11日金曜日

3.11

この日のことを忘れる筈はない。人の生死を分けるものは何なのだろう。訳などある筈もない。政府主催の追悼式典をテレビで見た。首相の式辞と天皇のお言葉なるものを聴き比べるとなんと首相の式辞のお座なりなことか!天皇の言葉にはよほど情が籠っていた。人はみな、いろんな思いを抱いて生きている。この思いを共有していながら、投票所に行った時には原子力発電をやめようとしない政党に投票している。我々は本当のところ、何を芯にして行動しているのでしょうか?民主主義というのはどうしたら機能するのだろうか?アメリカでは今、次期大統領を選ぶ予備選を政党単位でやっている。アメリカの民主・共和の党員は全国民の何割なのだろう。調べてみるとかなり入党するのは簡単らしいが、2004年の時点で、7200万人が民主党、5500万人が共和党と登録しており、4200万人が無所属もしくはなんらかの第3党(小政党)と登録しているらしい。アメリカの人口は3億1千万人ぐらいらしいので総有権者数は2億人はいるのだろう。投票権は自主的に予め登録しておかないと得られないらしい。いづれにしても約2億人の人は1億数千万人の人達が選んだ2人からどちらか1人を選ぶという形で大統領を選ぶことになるらしい。ということは最初の予備選の時に発言しておかないと自分の意志を反映することはできないような仕掛けだ。だからかも知れないがその組織率は高いと言わざるをえない。翻って日本の政党の党員数はどうなんだろう。自民党党員数は78万人、公明党40万人、共産党30.5万人、民主党23万人ということらしい。有権者数は5700万人ぐらい。組織率の低さが際立つ。自分もどの政党党員でもないし、入ろうという気にもなかなかならない。それでは良い政党が育つわけはないという気もしてくる。ほんとうの意味で民主主義が根付くということには色んな要素が絡んでいるのだろうが、我が思いを体現してくれる政党を育てるにはやはりどこかの政党に入って、お金も出すが口も出すという土壌が必要なのだろう。日本にそのような土壌はあるのだろうか?この国が真の意味で民主国家になっていく道筋というのはあるのだろうか?

2011年4月11日月曜日

1 month after 311

朝の青空が嘘のように14時43分ごろ雨が降り始め、それはやがて雷鳴を伴い激しさを増した。黙とう・・・・。

そして夕方からは凄い余震が今も続いている。M9.1の余波とはかくも激しいものなのでしょうか?エネルギーの大きさを比べれば1000分の1程度なのでしょうから、まさしく余震といってよいのでしょう。それでも福島原発では回復した外部電源が遮断した。バックアップのディーゼル発電機や消防車による冷却水放水は津波警報発令に伴い作業員が避難したため使えなかったというのです。説明は単純すぎて理解に困るはずもないのですが、この事態の中でのバックアップ体制としてはやはり情けないなぁ・・・というしか感想が出てきません。現場での過酷な鎮静化作業には本当に敬服以外ことばはありません。日本人の1人としていくら感謝してもしきれるものではありません。本当にすまないことだと思います。東北3県の被災地の復興の進め方にはこれからの困難さが本当に見えてくるのではないかと思います。深刻ですね。

2011年4月10日日曜日

311がもたらすもの(観光)

これは割と簡単なことでしょうね。
風評被害で今日本に住んでいる外国人の数は激減してるそうです。増して観光客はまったく寄り付かないでしょう。数年はだめかもしれませんね。が、長期的にはそんなに心配はいらないと思います。但し、それには条件があります。それは目に見える形で新しいビジョンに基づいた都市や町が建設され、住民が明るく健康的な暮らしをしていることが大前提です。外国からは日本の復興の姿に殊の外関心を寄せるであろうこと容易に想像できます。再生日本の姿は最大の観光資源となることでしょう。最も楽天的に、すべてがうまく運んでいった将来の姿を想像しています。本当にこうなりたいですね。

2011年4月8日金曜日

311がもたらすもの(新しい政治スタイル)

戦後66年。日本の経済成長と停滞、それでも世界経済のお荷物から世界第2位のGNP(GDP)の牽引車役にまで成長しました(中国が台頭してきて第3位になりましたが)。人口の爆発から高齢化社会と少子化という世界的にも稀な急転回を迎えている日本。儒教的大家族的な村社会から都市の孤立的、核家族社会まで入り混じった日本社会の価値観や生活スタイルは多様性に満ち満ちています。本当に日本社会は大きな変遷を辿ってきました。

変わっていないのは政治スタイルだけではないでしょうか?利益誘導形の政策の数々。2年前、自民党政権に「No!」を突きつけた国民のジャッジは間違ってはいなかったと思います。自民党のやることには将来への展望は見えませんでした。「失われた20年を作り出した政権に次の1手を期待する方が無理でしょう。それでも現状維持、政権のたらい回ししかできませんでした。

、健全な政治スタイルが確立し、確かなリーダを擁して将来像を論争していく政治。選挙で敗れた政党はしっかりと政権政党の政治を見守り、次の選挙までに日本をより良い道に導くようなビジョンと政策を打ち立てて国民に選択を促す、そんな政治スタイルを期待していたと思います。国民の判断力は成長していたのです。ところが、バトンを受け継いだ民主党のリーダの考え方やあれほどまでに甘ったれたものであり、行動があれほど幼稚であり拙劣であるとはだれも思ってもいませんでしたでしょう。自分でも反省しなくてはなりません。あまりにお粗末なリーダ達に本当にあきれてしまいましたけれど・・・。次の政治を誰に託すればよいのでしょうか?リーダの考え方をよくよく見極められるだけの情報を発信してもらわないといけませんね。マスコミの責任が重大です。本当の姿を国民の前に抉り出して見せる真面目な番組作りや本質を語らせるジャーナリストの出現がほしいです。でないとまたまた情けないリーダを選んでしまいそうです。

今回の大震災で、海外から賞賛を浴びたのは、大災害にあった国民一人ひとりの「冷静さ」であり、「忍耐強さ」であり、略奪も犯罪もない(無法地帯化しない)「温和な国民性」でした。江戸時代以来の国民の教養のレベルの高さでした。立ち直るための基本的な人材や組織は健在なのです。あとは今後の日本の行く末を決めるのはビジョンを掲げ、国民を引っ張っていくリーダーシップだけではないでしょうか?

2011年4月7日木曜日

311がもたらすもの(食糧問題)

特に日本では目先の安心安全な食糧供給が大問題です。

福島原発事故による放射能汚染問題は住むべき国土とその大地からの実りに期待できない地域を生み出しました。(事実上の国土の消失を招きました)米や露地栽培の野菜を中心とした農業、近海漁業が致命的なダメージを与えることが必至の状況となりました。

失われた地域に取って代わる新たな食料供給源(農家と農地)が必要です。大規模農業の推進や新農地開拓などの新たな施策が必要です。福島県民の大規模な移住計画も必要になるでしょうね。

それでも足りなければ、いや仮に足りたとしても、より安全・安心で高収穫量を確保できる大規模な食料製造プラント(ビル内での米、野菜栽培や魚介類の養殖)から採算ベースに乗った十分な食料を供給できる環境の出現が望まれるのではないでしょうか?ここでも規模と技術の開発が急務になりますね。

2011年4月6日水曜日

311がもたらすもの(電力問題)

少なくとも日本のような地震大国での原発建設は不可能になるでしょうねl。再生可能なエネルギーは「言うは易し。行うは難し。」ですね。発電容量も小さい上に発電量も不安定です。こうなると、いよいよ<a target="_blank" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%87%83%E6%96%99%E9%9B%BB%E6%B1%A0">燃料電池</a>の出番ということになりますね。燃料電池はその名前から受ける印象とは異なり、発電能力を持っています。水素と酸素を連続して生成しながらそれらが合成して水を作るときにできる電力を利用する発電装置です。これは装置を大型化すれば事業用電力源として利用可能です。高コストを如何に克服するか、技術開発競争が始まります。急がねばなりません。

他方、自動車のハイブリッド化が進みますから、各家庭には余剰電力を蓄える仕掛けが備わっていくので、この両者をうまく組み合わせて給電システムのローカル化を進め、それらが送電ネットワークで結ばれる<a target="_blank" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%89">スマートグリッド </a>化による新しい給電システムを構築していくことが求められるのではないでしょうか?

また、各種の製造プラントから出てくる副生成物から水素や酸素を回収して燃料電池に回生させる循環型のシステムができれば最高です。生成される水まで再利用可能です。
ここでのキーワードは、脱化石燃料、ローカル(スポット)化、スマート化(ITとネットワーク) 、資源循環型社会です。

2011年4月5日火曜日

311がもたらすもの

911事件が21世紀の始まりの年に起こり、人類の共通の問題として宗教問題をどう克服するか、問題提起を突きつけられました。そして今度の311大災害(福島原発事故を含む)は人類の将来社会の在り方に大きな影響を与えることになるでしょう。

先ず、エネルギー政策の根本的な見直しです。地震の少ないエリアは別として、そうでない国々では原発の受け入れは難しいでしょう。当面資源大国は大きな発言力(影響力)を持つことになるでしょうね。

地球温暖化対策(京都宣言やCOP21路線)も根本的な見直しを余儀なくさせることになるでしょう。

食糧問題も複雑な動きを見せることになるでしょうね。米、小麦、とうもろこし共に、バイオマスエネルギー化や天候不順の激化で供給面での不安定さが増しそうです。

とりわけ、日本では被災地としての復興需要をどこからの原資で賄うか?製造業が電力供給問題でつまずき、世界の需要調達を支えるサプライチェーンから外される局面を迎え、製造拠点の国外移転に拍車がかかり、雇用減や税収減が財政をますます悪化させかねません。漁業の将来も厳しい局面を迎えそうです。この結果、日本国民の生活スタイルの変化を促すようなことになるのではないでしょうか?

2011年4月4日月曜日

世界の原発

クリーンエネルギーの中核として原発への回帰が世界のトレンドになりかかっていた矢先でのこの事故でしたから、瀕死の福島原発の結末を世界が注目しています。温暖化対策の切り札的存在だった原発建設にブレーキがかかると今後の対処方針を大きく見直さざるを得なくなり、パラダイムシフトのきっかけを作る歴史的な事件となりました。温暖化対策に対する方針も大きく舵を切り替えざるを得なくなるのではないではないでしょうか?世界の原子力発電の現状を調べてみた。まとまったものとしては日本政策銀行が2009年9月にまとめた 天然ガスまで含め、化石燃料に61.4%依存しています。原子力を含めると、何と85%になります。この部分を再生可能エネルギーに置き換えることなどできるわけはありません。(日本は90%です)風力発電などが11.8%もあるのは流石というべきです。

2011年3月31日木曜日

東日本大震災

それにしても日本の「地震予知システム」は素晴らしいと感じ入っています。また311地震の際、東北新幹線は何ら事故を起こすことなく無事停車し、最寄り駅まで移動できたらしいのです。

福島原発事故(7)

ここのところ毎回、福島原発事故を取り上げていますが、東北の津波の大災害に無関心なわけではないのです。3万人を突破するのではないかと思われる死者を出した大災害をまったく度外視しているわけではありません。おきてしまったことをとやかく言っても仕方がないという思いがあります。これからどういう風な復興の道筋を立てていくのか、これには日本の明日の命運が懸かっていると思っています。これだけの災害を受けて、おめおめと人類の歴史の中に埋没して行こうとは誰も思っていないと思います。この青写真をどう描くのか?できれば復興計画立案に参画したいという強い思いもあります。世界にお手本となるような新しい次世代社会の姿を見せてあげたいと思います。そのことについてはじっくりこれから書いていきたいと思っています。しかし、「福島原発事故」は今正に進行形なのです。静かに鎮静化に向かうのか?はたまた、何か大きな爆発が起こり、放射能が大きく飛散するのか?今後の日本の再建計画を立てるためのベースが大きく狂う、その瀬戸際を進んでいると思うからです。 現状を理解する助けになるものとして大前研一の解説は歯切れがいい。3月27日号がYouTubeに出ている。http://www.youtube.com/watch?v=5mBlngPiaSY ともかく一見の価値ありですね。

2011年3月30日水曜日

福島原発事故(6)

福島第1原発の所在地は北緯37.421480、東経141.032603

東京八王子からの距離は大凡250km。遠いと見るか、近いと思うか?放射線の強さについて聞いたこともない単位を聞かされて、右往左往しています。

シーベルトという単位に少し慣れたと思ったら、今度はベクレル。シーベルトと同じようにベクレルも人の名前に由来する単位だそうです。初めて聞いたような気がします。昔の学校で習った物理などでは出てこなかったような気がします。
「ベクレル」はその物質が持っている放射エネルギー強度、今回で言えば放射能の放射強度のようです。しかし、それは放射線の種類(アルファ線、ベータ線、中性子線など)や環境(衣服などのシールド効果、湿度ほか)によって人体に与える効果は大きく異なるらしい。そこで「シーベルト」という単位が意味を持つことになるようです。
このことを同級生が解説してくれたのが、「お酒」に喩えたたとえ話で、これが妙に説得力があって暗い笑いを誘いましたので紹介します。
要するに、「ベクセル」というのはお酒の本来持っている「アルコール度」のようなものではないか?毎日少しずつ飲んでも(強いアルコール度のお酒でも少量なら害ではないが、ある程度以上続けて飲むと肝臓を傷めて肝機能障害から肝硬変、そして肝臓がんとなって死にいたる(慢性疾患)。もっとがぶ飲みすると「急性アルコール中毒」になって死んでしまうよ。即死もあるよ(急性疾患)。こんな、体に与える衝撃の強さが「シーベルト」ではないか?と。
どう思いますか?こんな理解で日常を過ごしてよろしいのでしょうか?

2011年3月28日月曜日

福島原発事故(5)

今日のテレビ報道で保安員の現地事務所長が報告していました。これはいけません。昔の日本軍の兵隊さんの生活環境と同じではないですか!何の反省もできていませんね。日本人の生命を守ろうと頑張っている最前線の作業員に対する処遇ではないでしょう。ビスケット、缶詰など、1日2食の非常食。そして毛布1枚で廊下でごろ寝。これでは戦えません。アメリカではこんなことはさせません。古くはローマ帝国の昔から、戦う兵士に対する兵站の大切さは基本中の基本です。東電や政府は現場の作業員を使い捨ててきた旧日本軍参謀部と何も変わらないではないですか!この生活環境を改善することこそ、後方部隊としては最大限の努力でなさなくてはならないのではないでしょうか?そして作業する人の交代要員は用意しているのでしょうか?交代要員のためにも準備しなくてはならない最低限の環境ではないのでしょうか!

他方、これまであいまいにしてきた事故の凄まじさが数字になって顕わになってきています。第2号炉でサプレッションルームの破損をほのめかす報道を聞いたのは何日前だったでしょうか?その後原因のわからない煙が立ち上り不気味さの中で平穏が続いてきました。誰もが待ち望んでいた外部電源が引き込まれ、これから冷却系を再建させようという企てはあの圧力容器の一部破損という最も恐れていた現実の前に立ちすくんでいるという情景です。恐ろしい大規模な汚染が広がろうとする極限の所に追い詰められてきたようです。何とかなるか、してくれるのではないかという幻想が脆くも打ち破られようとしているのを感じます。素人の直感ですが。作業員の方たちの奮闘に期待したいのですが、あの生活環境の劣悪さを聞くと、期待することは無理なことのようです。そう思いませんか?

吉田修一:「永遠(とは)と横道世之介」

 横道世之介シリーズの完結編であることはタイトルから想像がつく。これは新聞の連載で読んだものである。と言っても細切れで読んだわけではない。というのは私は新聞のデジタル版の購読者なので、こういう連載小説はHPのアーカイブスのようなところに全部保管されているのでまとめ読みが可能なので...