1.体罰
親として子育て中に子供叩いたことがあっただろうか?そういう衝動に駆られたことは記憶にあるが、それを実行したかどうかは覚えていない。たぶん無かったように思う。そういう衝動に駆られたのは確か、長男が高校生になってからだったような気がする。一流までにはいかないが一応は進学校として名が通っていたが、折角その学校に入れたのですが、部活にサッカーを選んで練習に明け暮れ、成績はどんどん低下していきました。部活をやめるかどうかで大モメしましたが、決して親の言うことを聞きませんでした。そのとkには息子の方が強そうで腕力でもかなわないなぁと感じながら怒っていたことは鮮明に思い出せます。まして体罰で思いを通すというのは最低の説得術だと思います。スポーツ界であれば、コーチングの技術を学び、説得の技術をマスターし、人間心理学を学びしてやるべきでしょう。
2.ホワイトアウト
北海道の吹雪と大雪はこれも未曾有のことだったのでしょうか?柵サヤフ武器に離れているはずの地元の人たちが9名も凍死で命を落としました。悲惨な話ですね。八甲田山死の彷徨を思い出します。差額事故では深い霧がやはり道を迷わせ、多くの遭難事故を記録してきました。ホワイトアウトは怖いです。車と暖房の快適な現代生活が究極の自然の猛威に対する恐れを忘れた結果といえるのでしょうが、痛ましいことでした。
3.気球炎上
エジプトはルクソールでの事故。行ったこともありませんが、こういう事故に遭遇する可能性はだれにでも起こりうることでしょうね。国内でも遊園地の乗り物で時々起る事故と同じですね。北海道の吹雪の事故も同じですが、我々が生きているということは常に「死と隣り合わせで」であって、独立した生とか、死とかが存在しているのではないということですね。
コインの裏表、反対側の世界が必ずあるということですね。美は醜と、善は悪と、陰は陽と、長いは短いと、軽いは重いと対になっていますね。先日来から読んでいる加島祥三の「老子」の解説本によく出てきます。だから?無常観とは違います。今ある自分をそのまま受け入れる、ということ。己の欲するままに従うということ。後悔しない一瞬一瞬を過ごすということ。それを考えていきたいと思うのです。
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