2007年3月29日木曜日

往復はがきの作成

ワードを使った「往復はがきの作成」について質問(使用中のワードのバージョンは?不明・・・初心者からの質問)があり、対応しようとしたが
「文面と宛名印刷が逆さになる??」。
質問が漠然としすぎているため、作成方法を紹介するに止めました。

1)作成・印刷方法の解説サイト:
マイクロソフトの<a rel="nofollow" href="http://support.microsoft.com/kb/887236/ja" rel="nofollow">サポートサイト</a>
趣味のパソコン-<a rel="nofollow" href="http://www.geocities.jp/ogino2600x/1508.html" rel="nofollow">往復はがきの宛名文面の作成</a>

<a rel="nofollow" href="http://www.geocities.jp/ogino2600x/1508.html" / rel="nofollow">2)テンプレートを利用させてもらう方法:
マイクロソフト提供の</a><a rel="nofollow" href="http://office.microsoft.com/ja-jp/templates/TC012245361041.aspx?pid=CT101433941041" rel="nofollow">テンプレート</a>
ここでは同窓会のものを紹介しましたが、結婚式のものなども用意されていますね。

3)年賀状作成支援ソフトを利用する
日本のメーカパソコンには沢山のソフトプレインストールされている。その中でも年賀状作成支援ソフトは定番中の定番物です。アドレス帳も入っていて流用も可能ですし、サンプルも色々揃っています。文例もありますし、最も簡単に往復はがきの作成・印刷が可能となるでしょう。

2007年3月28日水曜日

サクラ:身延山久遠寺

3月27日、身延山久遠寺にサクラを見に出掛けた。

事前にインターネットで検索、リアルタイム画像で確認していった。境内の桜は満開だが、山腹から上は未開花、ということで、寺の裏から登るケーブルは行動予定外ということで出かけた。朝早い到着で、判らないまま山門前まで来ると、そこに無料の駐車場がまだ空いているので入れさせてもらった。

<img alt="身延山久遠寺参詣石段" title="身延山久遠寺参詣石段" src="http://www.kisas.co.jp/images_wp/20070327_3s.jpg" />

山門付近の桜は満開。暫く散策した後、本堂に向かう。恐ろしく高い階段を上りきると、本堂に着く。大きな枝垂桜が5本ほど立派な姿をしている。花曇りの中絶好の撮影日和で撮影を楽しんだ。もう少し時期を遅らせてくれば、奈良は吉野山のように(自分はまだ行ったことがないが話や写真では素晴らしいらしい)山腹から山頂にかけて桜のパノラマを見ることができそうだが・・・。
<img alt="境内の枝垂桜" title="境内の枝垂桜" src="http://www.kisas.co.jp/images_wp/20070327_1s.jpg" />
<img alt="滝のような・・・" title="滝のような・・・" src="http://www.kisas.co.jp/images_wp/20070327_2s.jpg" />
門前町には由緒ありげなお菓子屋さん、竹下夢路が逗留した旅館があり、その付属して設けられた喫茶店で一休み。このコーヒーは美味しかった。

ルートは行きは中央高速で河口湖から帰りは新しい中部縦貫を使って双葉SA経由で中央高速を利用した。

2007年3月24日土曜日

旅行:「島根(日本のルーツの1つ)」

サーバーの引越しやら仕事の納期を多少気にしながら、しかし、前々からの計画通り、3月9日から3日間、山陰は島根県を旅してきた。
個人的な解釈では、この地域は渡来人とその先進的な文化の前に先住大和民族が封じ込められたような処、というイメージです。3月10日が出雲大社の横に建てられた古代史博物館の開館日でその記念すべき日に合わせて日程を調整できた。
古い神社がやたらと多い。昔々、童話か何かで聞かされた「因幡の白兎」や「ヤマタノオロチ」の世界だ。出掛ける前はタイムトリップでもするような不思議な気分だったが、飛行機で羽田から1時間、 日本語も通じればレンタカーも乗り回せる当たり前の所でした。(島根の方には偏見と取られたとしたらそれは誤解です。遠い日に読み聞かせられた古代神話の世界を思い起こしたためだけのことです)

「石見銀山跡」:
世界遺産に登録申請準備中とかで、3/21以降の観光シーズン目前でインフラ整備にてんやわんや、といったところに飛び込んだ感じで、興をそがれること夥しい。街の古い佇まいを再現しようと電線の地中化工事を進めていたのは当然の準備とは思ったが、自分たちがそれに行き合わせたのが不運。おまけに道草をしていたら、鉱山内の見学も入山時間16時に1分遅れでアウト・・・。温泉津(ゆのつ)温泉は鄙びた大変良い温泉地でした。その昔は、石見銀山からの銀鉱石積出港として栄えたところらしい。

「出雲大社」と「古代出雲歴史博物館」:
ここに壮大な高さ40メートルになろうかとも想像される大社殿がそびえていたらしい。神話の世界が今につながっている大きな柱の遺跡などを目の辺りにすると日本のルーツとつながるような感覚を覚えた。今や縁結びの神の総元締め。全国の神々が10月にここ、出雲大社に集まり、縁結びの談合を行うところ。落語の「まくら」に出てくる例の神様たちの待合室がご愛嬌だっだ。この出雲大社の隣に新装開館したのが「古代出雲歴史博物館」。丁度、開館セレモニーが終わったころ、入館。見たいものNo.1だった荒神山遺跡から発掘された300本強の銅剣、30個もの銅矛、立派な埴輪などの出品物は期待に違わぬ圧倒的な存在感だった。

「足立美術館」:
庭園と美術館が一体となった回遊式の美術館。こういった構成の大規模美術館は始めて体験した。横山大観、上村松園など代表的な日本画大家たち作品の1大コレクション。展示の区切りごとに広がる大庭園の見事な景色も一幅の画に見立てた趣向など疲れさせない構成も面白かった。

「風土記の丘」周辺散策&ドライブ:
古代神話の世界が近在数キロに散在している鄙びたエリア。
「熊野大社」は「スサノオの命」が祭神、「神魂(かもす)神社」は古代神話の「イザナミの命・イザナギの命」を祭神とする古い神社。博物館で見た銅剣、銅矛が発掘された遺跡群もこの近辺。
3月初中旬の山陰にしては珍しい晴天に恵まれた今回の旅は、ガイドブック風に一言でいえば、「日本のスピリチュアルルーツの地を巡礼する旅」でした。

写真をいづれ追加します。(未整理のため後刻)

2007年3月23日金曜日

WordPressのこと

KiSASのホームページをようやく、CMSでオープンしてもう10日たちました。他の仕事もこなしながらですので中々捗りません。
<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/Wordpress"> WordPress</a>についての詳細はリンクの方に譲るとして、まだまだ使いこなせていません。
例えば、「フォームメール」というのがあります。必要事項を記入して「送信」とすればメールが届くという奴です。Webサイト側ではメールアドレスを公開する必要もなく、ユーザ側は簡単に用件を送れるというものですね。これが今、文字化けで”<strong>困った状態</strong>”です。
それらの「何故だろう?こうすればよいのだ」集になってしまいそうです。

2007年3月14日水曜日

ホームページをブログ形式に変更します

前々から宣言していたことですが、ビジネス用のホームページをブログを使って実現しようとしていています。

今、初めてアップロードしたものですから、内容が全くありません。これから以前のものなど取り混ぜて充実させていきます。以前のブログ「KISASつれづれ日記」もいづれはこの中に取り込んでいきます。(時系列的には遡った形になりますが)
とりあえずはリンクでつないで置きたいと思っています。右側のblogrollというところからジャンプできます。

内容がどのように変化していくか、劇場的に見せてしまいます。(というか、見られてしまいます)

吉田修一:「永遠(とは)と横道世之介」

 横道世之介シリーズの完結編であることはタイトルから想像がつく。これは新聞の連載で読んだものである。と言っても細切れで読んだわけではない。というのは私は新聞のデジタル版の購読者なので、こういう連載小説はHPのアーカイブスのようなところに全部保管されているのでまとめ読みが可能なので...