明治学院大学のチャペルを設計した人ということでその人の名を知った。
このほど岩原 侑著「青い目の近江商人 ヴォーリス外伝」を読んだ。簡単に紹介することは容易ではない。
1880年 カンザス州レブンワースに生まれる
1905年 キリスト教の布教を目的に来日。滋賀県立商業学校(現滋賀県立八幡商業高校)英語教師として着任
1907年 布教に熱心の余り、周囲と摩擦。失職。
1908年 建築事務所を開設
1910年 建築設計監理会社「ヴォーリズ合名会社」設立。近江基督教伝道団(近江ミッション)、後の近江兄弟社を結成。(メンソレータム、メンタムの製造販売などに発展する)
1919年 子爵一柳末徳の令嬢、一柳満喜子と結婚
1941年 一柳米来留(ひとつやなぎめれる)と改名。日本に帰化。同年、太平洋戦争勃発。以来軽井沢に滞在1946年 活動再開
1957年 くも膜下出血
1964年 死去
近江兄弟社とメンタムのことは知っていた。10数年前西国33箇所巡りで近江八幡市に行ったときバスの窓越しに近江兄弟社の看板を見てそのことを思い出したことがあった。この宗教心にあふれる行動と大学時代に習い覚えたアメリカ建築の知識を活用した事業展開を車の両輪として日本に生涯骨をうずめ、数々の美しい建物と人の輪を築いていった。
終戦時、連合国と日本政府の間に入って、天皇の人間宣言などを導き出した秘話を今回初めて知って驚いた。NHKで折しも白州次郎特集を取り上げているが、丁度その時に帰化した元アメリカ人が同じ幼少時をカンザス州レブンワース市で過ごしたマッカーサーと連絡を取れる立場にいたことも日本にとっては奇縁だったようだ。マッカーサーとは同じ年に生まれ、死んだ年も同じという不思議を体現したことも興味深い。
一度、ゆっくり近江八幡市を訪れてみたいものだ。
参照
ウィリアム・メレル・ヴォーリス
一粒社ヴォーリス建築事務所
ヴォーリスミュージアム
2009年9月13日日曜日
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