憧れの輪島に宿を取ってあった。能登中島の観劇の後は夜も遅いのでここから直接八王子に帰るという選択肢はない。ならば宿願をかなえるチャンス到来だ。母の実家能登中島から先は行ったことがない。小さいころ実家の縁側から能登中島の駅が稲田を越してはるかに見え、蒸気機関車が吐く煙と共に、輪島に向かって走っていく。あの先にはどんな風景が広がっているのかなぁ・・・と一人あこがれていたのを鮮明の思い出せる。
着いた輪島では丁度、御陣乗太鼓が始まるというので早速見学。昔は国鉄能登線の終着駅だった輪島駅前でほとんど毎日やってくれているらしい。素晴らしい太鼓だった。能登の祭りは東北の夏祭りと合い通じるものを持っているように感じる。どちらも本物をまだ見たことがない。9/20は能登中島の熊木の祭りが有名だが一日違いで見れなかった。来年こそと思う。
輪島から白米地区の千枚田を経由して時国家の屋敷を見学。そこから農村地帯を駆け抜けて帰途に着いた。奥能登という昔のイメージからすると立派な道路が整備されていて見直した。それでも専業農家であろう人たちに支えられている農村風景は本当に心安らぐ風景を見せてくれた。癒されるというのはこういうときだなぁと思いながらハンドルを握った。どんどん距離を稼げるような走りやすい道が勿体ないようなドライブだった。
2009年9月30日水曜日
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