2012年2月8日水曜日

大友 浩:「花は志ん朝」

落語は私の大切な誘眠薬のようです。CDをかけて眠りますと、よほどのことがなければ、ものの10分も聞かないうちに眠ってしまう有難いお薬です。良く入れるCDは古今亭志ん朝です。他に志ん生、圓生、談志のものを選ぶ傾向が強いです。もっともほとんど枕の部分で眠ってしまうのであまり架け替える必然性はないのですが、1月もするとなぜか他の人の声を聴きたくなるからです。

志ん朝・・・立川談志が死んで、永遠のライバルが消えました。志ん朝、圓楽、談志はほとんど2年の間に落語界に身を投じ、真打になったのも2年の間に3人ともなった。しかし、この中で志ん朝だけは落語界のエリート中のエリートとして周囲からは仕方がない、でもやはり上手い、と褒めそやされ、本人は自分を知るがゆえにいつも実力と名声のギャップを肌で感じ、ストレスの中でもがき修行し、自分の芸を確立していったのでしょう。立て板に水のようなあの名調子の落語は、自分の中では少し違和感を感じることが多いのですが、それは上手さを否定するのではなく、落語に求める「癒し」の中に浸れるというふうになれないところにあるようです。あの声の良さ、江戸っ子の気風を伝えるのにぴったりの芸風は素晴らしいものです。今回はその志ん朝の死を悼んで書かれた評伝のようなものでした。最後に文庫本用に、特別に小三治と著者との対談が入っていてこれがとても面白かった。読んで良かったかな?一寸落語家の本を続けて読んでいきそうな雰囲気でいます。

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