梁 石日の少年期から青年期頃までの自伝と思われる。
自分の育ったK市にも朝鮮部落というのはありました。子供の自分にはいささか遠い距離にその部落はありました。中学に入学するとその学校まで自宅から30分以上かかり、近道を教えられて通ると川を上流に遡っていくのですが、その対岸に朝鮮部落がありました。近づくには汚く、怖いイメージのところでした。おそれ以上でもそれ以下でもありませんでした。ずっと対岸にある近づいてはいけない領域でした。梁 石日の生まれ育った場所もまさに日本人から見るとそんな場所でした。そこで何が起こり、何が語られていたのか、推し量ることのできない世界を誤解を恐れず、リアルにあるいは誇張を交えて赤裸々に語っていました。こんな環境からでも梁氏のような作家が生まれるのだということが私には奇跡以外の何ものでもないのではないかと思いました。凄まじい家庭での葛藤の毎日を送りながら、読書家であり続け、そこがバランスの取り場所だったのかもしれませんね。そして、北朝鮮への帰国運動の熱気やそれの起こった背景などを少し知ることができたように思いました。韓国出身の人々もが競って北朝鮮に帰ることを望んで帰国船に乗り込んだ様子が伝わってきました。
2012年3月11日日曜日
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