2019年度下期の芥川賞、直木賞の発表があった。直木賞は川越宗一氏の「熱源」。図書館に申し込んでも希望者が多いだろうから直ぐには順番が回ってこない。そこで同氏のこれまでの作品を調べてこの本を知った。申し込むと直ぐに手元に来た。
豊臣の末期から徳川の初期、まだ関ヶ原も始まっていないほんの10数年のことだろうか?豊臣の覇権確立前の九州での戦いから朝鮮半島への侵略戦争、その後琉球国への平定までの戦いを島津藩士、樺山久高の戦いを通して描いた作品。この時期そうした戦いがあったのだ!知らなかった日本史の一場面だろうか?その中で主人公久高は武勇に秀でていたが幼少時に学んだ儒教の教えにも深く影響を受けて。人を殺戮することを善しとせず、戦いの意味、意義を問い続け、厭世観を強め続けて生きている。最後に琉球国制圧の総大将を任されて、古からの付き合いのあった密偵真市や朝鮮国戦いで巡り合った下層階級「白丁」出身の明鍾(めいしょう)と再会する。捕虜にした明鍾は真市の手引きで逃亡し琉球で働いていた。明鍾は朝鮮で儒学を学び、それを武器にして果敢に人生を生きてきた。那覇城「守礼の門」に掛かる扁額「守礼之邦」の下で再会する。
「礼を説く大明国を目指し、礼を貴ぶ朝鮮国を攻め、礼を守る琉球国を獲る。この後倭はどこへ行くんだ?」と明鍾は尋ねる。久高は答える。「眠るさ」。「眠り続けてくれればありがたいんだが、どうかな」「俺の知ったことではない、俺や日本が戦いを忘れても、天地も人も変わらぬ。どこかで誰かの争いは絶えぬ」。明鍾は続ける。「礼を作り、人と禽獣を分かつ。俺は儒者だ。人に生を説き、人を人にする」と続ける。「やめておけ、人は禽獣だ。俺もお主らも。誰もかれも。万世変わらぬ」。それに対し「そうかもしれぬ。だが、相いれない者同士が敬しあい、共に生きるための術が、礼だ。礼さえ知れば仲睦まじい人同士になれる」。次第に久高は明鍾の言葉で人生を悟る。「俺も生きるのだな。これからもこの天地の間で」。
2020年2月4日火曜日
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