今月からネット環境を地域のケーブルテレビ回線に変更した。この回線を利用するのは2度目だが、今回はプレミアムコースを選択した。これは光でTTネット(東京電力がはじめ、つい先日KDDIの傘下に入った)がサービスしている最低速度を保証するコースだ。契約時の話ではMin.3Mbps(以下、パソコンへのデータ受信時、所謂下り回線)を保障するよう運営してるとの事だったが、実測してみると夜の10~12時辺りの最混雑時でも6~8mbpsが出ているのでほぼ切り替えた目的を果たしたかなという感じである。因みに、これまではeアクセスの40MbpsのADSL回線を利用してきたが、平均して800~1200Mbps程度で時にはタイムオーバーでアクセスできなくなるという現象が出ていたが、今後は解消されるものと期待している。利用金額も現状を下回ることができた。
切り替えの動機は、上に書いたように1つは回線のアクセススピード向上(安定化)があり、2つには電話のサービスを携帯・固定併せて1本化することによる経費節約と支払い相手の1本化にあった。マイライン化で市内から国際電話まで3社のサービスを使い分けてきたが、結局価格の横並びが進み、色々なサ-ビスを使い分けるメリットが無くなった。請求の郵便物の多さがわずらわしく感じられるようになってきた。IP電話も時々通話中に切れたりすることがあって、評価も今一だった。それに本当に安いことで言えば、スカイプやメッセンジャーなどのサービスで無料通話ができる相手が結構多いということもある。特に、スカイプを使えば一般回線への通話も可能なので、10ユーロを思い切れば、6ヶ月間自分の利用時間からすれば、それこそほとんど使い放題の時代になっている。
考えてみると、インターネット時代の幕開けとともに色々な通信回線を利用してきた。自分の経験の変遷をまとめておこう。
1)インターネットの幕開け
1995年暮れ、Win95の幕開けとともにネット利用契約をした。
仕様:ISDN(64kbps,2回線)。これに家庭内無線を使って1,2階をつなぎ、2台のパソコンからインターネットを使える環境を作った。PHSの契約をしたのは1996年春でPHSを使ったモバイル(今のようにエアーエッジという単語は無かったような気がする)をテストして繋がるつながると感動したのを覚えている。
2)Win98時代(ケーブルテレビ回線に切り替え)
1999年11月、電話回線のスピードに飽き足りなくなって(実際はイライラして)きていたところへ、ケーブルテレビ回線が敷設されて、それまで128kbpsの通信速度が1.5Mbps(いづれもベストエフォート)にレベルアップされた。1.5Mbpsの回線速度の魅力は大きかった。格段のスピード向上に感動した。ルータを使ったパソコン共有の設定に苦しんだ。ネットの情報を漁りながら試行錯誤の連続だった。それでもWin98同士なら共有設定ができてやれやれと思ったのを思い出す。
3)電話ADSL高速化(2002年12月)
一般電話回線が第3者に解放されるとともにADSLの技術進歩が目覚しく、どんどん高速サービスが、提供され価格競争も激化した。電話局からのケーブル長が1.9㎞あり、高速化技術の恩恵を受けられるかどうか、微妙な距離にあり、随分と悩んだ末、3度目の回線変更に踏み切った。12Mbpsの通信速度を選択し契約した。CATVの1.5Mbpsに比べ、通信速度は期待通り上がった。ベストエフォートの落差は大きかったが、調子が良いときは2Mbps程度まで通信速度が上がった。通信価格も下がり、同時に最新のIP電話を契約して安価な通話環境を楽しむことができた。マイライン騒動も1段落したころだったろうか?
インターネット利用が一般化すると共にベストエフォートという単語の意味が実感できるようになってきた。どれだけの顧客数に対してのベストエフォートなのか、母数を明示しなくなってきた。通信会社の謀略か、顧客数の伸びに対する設備投資節減か、次第に通信速度の遅さを感じるようになってきた。一方では、コンテンツの大きさもある。マイクロソフトの文化の悪い面は、機能をあげることが第1でそれを実現するソフトがべらぼうに大きくなることに対しては全く関心を示さない点である。ソフトが大きくなってスピードが遅くなったり、メモリー容量が大きくなったりする問題はハード屋さんが解決してくれる。ムーアの法則で4年で性能は無条件に4倍以上に上がる。こうして築かれたのがマイクロソフトとインテルのWin-Winの関係だ。
今回の通信環境の変更は4回目に当たる。今回はベストエフォートを避けて、最低保障を選んだ。長年、TTネットの敷設を待っていたが、当地には伸びてこず、CATVがケーブルを同軸から光に変えて、ネット接続に対しても最低保障を打ち出したこと、価格もリーズナブルだったことが今回の変更に踏み切らせた最大の理由だ。CATVはデジタル放送時代を迎えてこれはこれで大変な生き残りを賭けたサービス競争を展開していくことになる。その行方を見守るのもこれからの楽しみの1つだ。
2007年7月7日土曜日
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