2010年11月13日土曜日
「早道町」の思い出
そういえば、足軽屋敷を見学したその時、懐かしく思い出したことがありました。説明文の中に庭のことが書いてありました。少し上級の武家の場合、用水から庭に曲水用に水を取り入れてもよかったようです。わが借家はそこまで上等ではなかったし、同じ町の中にもそのような家はありませんでした。やはり数少なくて点在していたとしても最下級の武士クラスだったのでしょう。でも、わが借家にはかなり大きな庭がありました。回遊式の築山があって色んな庭木が植わっていました。我々子供にもうれしい柿やイチジクの木も植えられていました。思い出したのは庭の掃除でした。小学何年生だったのでしょうか、ある時命令されてだったかどうかも記憶にはないのですが、一人で庭を丁寧に掃除したのです。そして事もあろうに築山にあった灯篭についていた苔を丁寧に全部取り、水できれいに磨き上げたのです。自分としてはとてもほめられると思ってやったのでしょうが、結果はすでにお分かりの通り、こっぴどく叱られてしまいました。なぜ自分がそんなに叱られなければならないのかさっぱりわからなかったことだけは覚えています。そして本当にとってはならない大事な苔というものがあるということが分かったのは10数年たってからでした。突如、そうしたことが思い出されたということは恐ろしいことです。さっきやっていたことを思い出せず、」こんな半世紀以上も前のことが突如まざまざと思い出されたということの意味はなんなのでしょう。いや、これ以上の詮索は身のためになりませんね。数年後には灯篭には以前と変わらぬ美しい苔が復活していたのは確かなことです。
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