今年頂いた年賀状の1枚に、「日本の人口は30年後には3000万人減る」とあって驚きました。自分が見守れる時間軸ではないのですが、半信半疑でネットで調べてみました。
日本の人口が最高になったのは2006年の1億2779万人でそれを境に下降線を辿りはじめたということです。そして2050年には9515万人になるというのが国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」(2006年12月推計)だということです。これによれば2040年ごろには1億人を切ることになるのでしょう。そうすると最高時から見ると2800万人減ということになる訳で、色んな推計値もあるとすれば、丸めた数字で表現すると「30年後に3000万人減る」というより、「30年後には1億人を切る」というのがより適切な表現かもしれませんね。
因みに1億人を突破したのは何時だったのでしょうか?これも調べると1966年から1967年ころのようです。その時自分は26歳位。独身でサラリーマン4年生位で毎日、満員バスに飛び乗って川崎の工場に通っていました。鶴見にあった独身寮からは京浜工業地帯の、といってもほとんどは日本鋼管の製鉄所が吐き出す7色の煙を見て日本の工業地帯の真っただ中に自分が立っているのだなぁと感慨を覚えたのが記憶に鮮明です。その頃そのようなテーマで確か木下恵介が「この天の虹」というタイトルだったと記憶しています。そんな映画もありました。高度成長期の夜明け前ですね。2040年ころ日本はどんな風景になっているのでしょうか・・・・。
2012年1月9日月曜日
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