いつのころからか、この言葉がテレビ画面で良くお目に掛かるようになってその度に、何んとも白々しさ、苦々しい違和感を覚える。「丁寧な説明をしなければならない」ということをことさらに言う裏側に、このまま時間を重ねていけばいいというずるさが見えるように思うのは私だけだろうか?先日来の「安保法制」でも同じ展開、「丁寧な説明とは審議時間に換算できることではなく、短時間でも誠意ある、内容の伴った納得できる説明」であれば良いのであって、審議時間の長さではないのだから。何故だろうかと考えると、この言葉が飛び交うのは必ずと言ってもいいくらい権力を持っている側、説得していかねばならない立場の人が言うからだろうと思う。それをしていない側の人が他人事のように言うからこそ腹立たしいのである。結局、60日ルールを見越して悠々の衆議院通過で安保法制は制定の運びとなるのだろう。しかし、この法制には今後長く「合憲か違憲か」を巡る法廷闘争が待っている事だろう。それが何より「丁寧な説明」などせず、批判に耳も貸さずに強引に押し切った報いだろう。これから始まる実りない不毛の議論に付き合わされる国民こそ迷惑を蒙る。場合によっては国政の渋滞を招く厄災の種になるだろう。
その翌日の安倍首相による「国立競技場建設問題の白紙撤回」にはもっと国民を舐め切った態度にさらに腹立たしくなった。国立競技場建設問題はそれはそれで大きな問題だと思うが、首相の談話で、実は1か月以上も前から議論してきて見直しするとの結論はとっくに出していたのだ。自分たちのお手盛りの有識者会議などを平気で横目に見て知らんぷりして推進案を出させておいて、そしてこの球を「安保法制」衆議院通過の翌日に目くらましのように投げてきたのだ。自分に任せておいてよかっただろう、目配りのできる総理だろうとこれ見よがしの姿を見て唖然とした。「熱しやすく冷めやすい」国民性を見切っての行為以外の何物でもない。
2016年8月11日木曜日
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