2019年3月13日水曜日
大地震体験
その日、私は日本橋の某社に仕事で出掛けていました。14時40分過ぎにゆらゆらと揺れはじめました。正にゆらゆらと振動周期の長さに一瞬、これは大きいかも、でも震源は遠いなというところまでは計算できました。ところがここから凄い揺れに変わってきたのです。獣が本性をむき出しにしてきたかのように執拗に、大きく揺れだしました。使っていたパソコンのディスプレイが机の向こう側に倒れ落ち、後ろでファイル棚が倒れ始め、書類があちこち散乱し、悲鳴が飛び交いました。柱と机の間に体を入れて支えているのが精一杯でした。ペンシルビルといってもいいかもしれない9階建てのビルの8階でその時を迎えたのでした。余震も本震と同じくらい凄かったです。テレビを付け、東北が震源、津波10mとの警報をこれが本当なら凄いことになるぞ、といっている間にテレビの画像では既に津波の様子が映し出され始めました。早い。早すぎる。自分の帰る心配が頭をよぎったのはもう16時過ぎていました。しかし、時既に遅しで近在のホテルはどこも満員。電車は当然動かないだろうし今夜は泊まりだな・・・。22時頃地下鉄が、22時ごろ郊外電車が動き出したので兎も角帰ることにしました。23時に大江戸線に乗り、新宿に到着したのが午前1時半。それから京王電車で北野駅に着いたのが午前3時頃でした。家に着くとまた地震。今度の震源地は長野。これでは日本沈没だ。ラジオをつけ、地震予報に何度も起こされながら2時間ばかりのまどろみで12日の朝を迎えたのでした。
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