2022年7月16日土曜日

高田郁:「みをつくし料理帖」(1)~(3)

 舞台は江戸は神田御台所町、1800年初頭の時代設定になっている。前回読んだ「あきない世傳金と銀」は1700年代中頃のお話で、将軍でいえば吉宗から家継、家治の時代の大坂呉服商人が江戸店を開設し、成功を収めるまでのビジネス入門書のような商売の創意と工夫で満ちた物語だった。主人公の幸はビジネスで成功を夢見、その実現に奮闘する戦国武将にして超美人。

ところが今回は同じ関西の料理店の大店の女調理人「澪」。そのような存在が許された時代だったのだろうか?下がり眉毛のお世辞にも美人とは言えない容貌ながら強い意志の力、優しい心根と鋭敏な味覚、嗅覚の感覚の持ち主である。江戸でなじみの薄い上方料理を出す「つる屋」という蕎麦屋が舞台。元々は主の種市の打つそばが旨くて固定客をつかんでいたが年を重ね、蕎麦を打つのがしんどくなっていたところで、近所の荒れたお化け稲荷を1か月半も掛けて綺麗にして毎朝拝んでいる姿に心惹かれ、話しかけたのが切っ掛けでお店をまかせるようになった。

そんな娘がどうして江戸にいるのか?大坂では親が塗師で丁寧な箸作りで地道に暮らしていた。名前は澪(みお)、親友の野江は舶来品を扱う雑貨輸入商社といったところか、そこの一人娘。二人の住む街を大川(今の淀川)の氾濫が何もかもを飲み込み、両親ともに亡くして分かれ分かれで消息すらおぼつかない、その主人公、澪は老舗料亭「天満一兆庵」の主人に救われて一命をとりとめ、女衆として働いていた。そして鋭敏な味覚感覚を買われて女子衆から料理人の仲間入りをさせられたのだった。しかし、それも束の間、今度は大火で一兆庵そのものが焼失する。幸い、息子が江戸店を出していたので主人夫婦と澪は江戸に出てくるが、肝心の一兆庵江戸店はなくなっていて一人息子の佐平衛の行方もわからない。2年を経過して、主人は絶望の中、病死し、今は元御寮さんと澪が裏店の狭い長屋で暮らしている日々。つる屋に雇われてやっと料理で糊口を賄えるようになって、何時の日か一兆庵の再建と長男佐兵衛の行方を探し出すこと、そしてもう一つ幼馴染の野江との再会である。こちらは正に音信不通同士で手掛かりとてない夢となっている。

ここからつる屋での料理の才覚を発揮して次々とヒットメニューを編み出し、江戸の料理や番付でいきなり関脇にランクインを果たす。順風満帆かと思いきや「好事、魔多し」とばかり次々と難関が押し寄せてくる。一つ一つを料理メニューの新らしい構案を重ねる中で解決していくあきない世傳の料理版といったところ。

大阪の幼い7歳のころ、高名な易者に偶然、目に留められ、野江には「旭日昇天」(稀に見る吉祥、天下取りの相、澪には「雲外蒼天」(頭上に黒雲が垂れ込めて真っ暗に見える、だが、それを抜けたところには青い空が広がっている、これから先艱難辛苦が押し寄せる。その運命は避けられない、だがその苦労に耐えて精進すればだれにも見えない真っ青な望むことができる、と)の相があると告げられる。

元々蕎麦屋だった店なので庶民的な価格帯で美味しくて、楽しくなるような季節感あふれる料理だったり、料理の名前に工夫があったりして評判を高めていく。自分にも馴染のある庶民的な料理の数々が登場して楽しくなる。

八朔の雪、花散らしの雨、想い雲の3冊を一気読み。常連客の版元、坂村堂の雇い料理人が何と、大坂から佐兵衛と一緒に江戸に下った料理人だったのだ。ようやく佐兵衛の行方を探る糸口に辿りつく。

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