2016年2月10日水曜日

アズマイチゲの新顔

昨日まで撮影してきた薄ムラサキのアズマイチゲは今日は何だか元気が無い。下を向いている。どうしたのでしょう。逆にその後ろに芽生えてきた白のアズマイチゲがやけに元気がよい。開花はこちらのほうが早いかもしれない。生憎、サツキの木の根元近くに生えていて撮影条件が極端に悪い。ようやく捉えました。

2016年2月8日月曜日

三浦しをん:「神去なあなあ日常」

テニスクラブのOさんから借りた本。タイトルを読むのに戸惑った。「カミサリ、なあなあ、にちじょう」と読み下すのが正解らしい。「カミサリ」は地名、「なあなあ」はほどほど、とかまぁまぁとかそんな意味の日常の話し言葉、日常のことを書き記した日記的なもの、と言うようなことらしい。高校生を何の目的も無くやり過ごし、卒業後のこともそれなりにやり過ごそうと考えてきた高校生の平野勇気君。何がどうなったのか、担任と両親の口車に乗せられて、神去村にやってきました。乗り物の具合から類推すると、和歌山県の吉野辺り、三重県と奈良県の県境辺りの山奥と思われる。典型的なニート候補生が浮世や都会の常識からかけ離れた林業、平たく言えば木こりの集団に実習生として投げ込まれたという設定です。自然の神秘、人々の原始的な暮らし・交流、見るもの聞くもの全てが異次元の世界に戸惑い、驚き、何故だか瞬間瞬間につい一生懸命になってしまい、だんだん馴染んでいく1年間を回想風に綴っています。最後のクライマックスは今では有名な諏訪大社の御柱の取替え大祭と同じようなお祭りで、大木を祭りの広場まで一気に山から滑り落とす行事。男になれるか!?平野勇気君。2009年か2010年の本屋大賞第4位の作品だったそうです。そんな本を読み終わる直前に、NHKがCNFの特集番組をやっていてビックリ。CNF=セルローズ・ナノ・ファイバー。植物の繊維をナノレベルまで細かく解きほぐして作る。木材由来のパルプを水に溶かし、高速でぶつけたり、化学反応を起こしたりすることで製造する。幅は最小3~4ナノ(ナノは10億分の1)メートル。木や草などセルロースを含む資源は豊富に存在する。資源の少ない日本で原料を輸入に頼らずに生産できる新素材として注目されている。産業技術総合研究所中心に日本が基礎研究で先行しているとか、森林大国日本が資源大国になれるかも知れない夢のある話だそうだ。林業の未来は明るいか?

2016年1月30日土曜日

場違い?そして時は流れる

NPOでの活動については時々書くようになった。以前は仕事と掛け持ちであったり、多少、偽善っぽいような、照れもあったのだ。まぁ、年齢を重ねて何かそういうものが吹っ切れてきたのは良い兆候なのか、悪い兆候なのか、判らない。

先日、代々木の国立青少年総合センターに行ってきた。用件は「認知症予防プログラム」を受講する目的でした。何でまた、物好きな?と笑われそうな話ですが、その訳の一つは、好奇心。自分が一番恐れていること、「認知症にだけはなりたくない」という気持ちからそれはどうすればそんなことにならないで済むのか、という功利的な興味。もう一つはNPO活動に必要な知識であり、資格なのです。パソコンを使って何かをやるという生活習慣はやり方によって認知症予防に大変効果があるのですね。そのやり方をNPO活動の中に取り込んでいけないかという課題があって、その解を求めての参加でした。集まってきたのは看護師や高齢者の施設管理会社から派遣されてきた20歳台から40歳代の人達ばかりです。自分のような人はこの認知症予防プログラムに参加してもらうであろうお客様レベルであってプログラムを実施する側ではないでしょう・・・・みたいな気分で1日お勉強してきました。参加していた人達からも「あなたのような人からは聴きたいことが色々ある」などと言われて、喜んでよいのか、ガッカリするところなのか判りませんでしたが終わってみれば貴重な体験でした。

ところでこの代々木の国立青少年総合センターというところは、1964年の東京オリンピックの時の選手村でした。その前は代々木公園、国立競技場、そして正式にはここ国立オリンピック記念青少年総合センターを含む92.4万平米に及ぶ敷地は駐留米空軍の駐留兵士のための居住区、通称「ワシントンハイツ」という異国の地であった。なぜかと言えばそこは塀で囲まれ日本人は立ち入り禁止の別世界だった。そうだ!渋谷のNHK放送センターもその敷地内だったのだ。そしてその前は日本陸軍の練兵場で「代々木の原」だった。その前は・・・?大名の誰かの屋敷跡だったのでしょうね。北杜夫の「楡家の人々」で描かれたように少年のころは練兵場の片隅で遊んだところだったのでしょうね?そして山本一力は学生時代に新聞配達アルバイトの特権でワシントンハイツに出入りしていたのでしょうね。そこで自分は老人の認知症予防プログラムのお勉強をさせられました。ひとつの場所が時と共に色んな役割を果たしていく、時の流れを感じました。

2016年1月26日火曜日

氷川丸

今年の屋外スケッチは横浜、山下公園の氷川丸を入れた公園風景で始まりました。何度もきたことのある公園ですがスケッチ道具を持ってきたのは初めてでした。すぐ隣の通りには横浜グランドホテルの重厚な建物が銀杏並木と共にあり、秋の黄金色一色になる風景も見事です。

琴奨菊優勝

先日、3横綱を倒したところで、琴奨菊のことを書いたら、その翌日豊の島に負けておやおや、と思ったのですがその後は危なげない相撲で14勝1敗の優勝となりました。優勝後のインタビューを観ていたら、やはりルーチンを守って平常心を保ったことを勝因の一つにあげていましたね。この優勝の陰には3つ要因を挙げていましたね。1つは専任のトレーナーと共に独自のトレーニング(体幹強化)を去年の春から始めていたこと、ルーチン(平常心を保つ)を守ること、奥様の栄養管理。長く苦しんできた怪我を克服できたのもその辺りが大きかったようだ。この専任トレーナーというフレーズに大変驚きました。大相撲と言う古い体質の世界で、部屋のルールとかがあって、その中で専任のトレ-ナーというシステムを許されたのは初めてのことではないだろうか?大相撲といえどもスポーツであり、科学的なトレーニングを取り入れて行くのは当然のことだろう。その意味でも今後の角界に新風を吹き込むことになるのではないだろうか?

2016年1月21日木曜日

ルーチン通りで平常心

大相撲が湧きかえった。10年ぶりで日本人力士が優勝するかもしれないと言う期待感で一杯だ。大関琴奨菊が全勝街道を突っ走っている。それも鶴竜、白鵬、日馬富士のモンゴル3横綱を連破してのものだから価値が高い。その琴奨菊の制限時間一杯になった時の仕草に特徴がある。大きく仰向きに天井を見上げるようにして高々と塩をまく。この仕草はずぅーと見慣れた仕草ではあるが、去年のラグビーW杯の日本チームのあの五郎丸のポーズを思い起こさせるではないか!ルーチンの大切さがここへきて効いているような気がする。これから3日間、平常心で相撲を取れるか?夜は良く眠れるか?全勝優勝を願う空気が後押ししてくれると良いのですが・・・

2016年1月20日水曜日

二十四の瞳

先日、昼食の後何気なくテレビを点けると、前に見たままのチャネルでそれはBS3でモノクロの映画が始まるところでした。昔なつかし波頭が打ち寄せる海岸と富士山、忘れようもない松竹映画のタイトルバックでした。続いて文部省選定・・・これも良く見たキャッチコピー、これなら学生でも映画館に足を踏み込める免罪符のようなものでしたね。何と「二十四の瞳」でした。監督:木下恵介、音楽:木下忠司、高峰秀子が女先生「大石先生」役で20歳そこそこの小石先生から50歳過ぎの「泣き虫先生」までを演じていた。原作は壺井栄。日本の童謡や小学唱歌が随所に流れ、懐かしい日本の原風景を映し出していました。小豆島が舞台でしたね。のんびりした時代の半農半漁の村に、何となく戦時の黄なぐささが漂い始め1937年には盧溝橋事件が勃発し、日中戦争へと戦火が拡大していく。そういう時代の最初の赴任地は岬の分校。そこでの12人の子供たちとの出会いから2年で、大石先生は本校に転勤になる。子供たちの一寸したいたずら心で作った落とし穴に落ちて足の骨を折ったのがきっかけだった。2年生の子供たちが先生の家まで見舞いに行く。そのエピソード位しか見せ場はない。後は時代にどんどん流されていく。教え子が戦地に狩り出され、夫も召集そしてあっけなく戦死する。12人の子供たちの内、戦死者が4名ほどで、残った教え子の子供たちを教えに再び岬の分校に復職する。そこで開かれる同窓会が最後のクライマックス。そんな時代でしたね。涙腺も緩みがちで、懐かしさにも駆られ、ついに最後まで見てしまいました。

吉田修一:「永遠(とは)と横道世之介」

 横道世之介シリーズの完結編であることはタイトルから想像がつく。これは新聞の連載で読んだものである。と言っても細切れで読んだわけではない。というのは私は新聞のデジタル版の購読者なので、こういう連載小説はHPのアーカイブスのようなところに全部保管されているのでまとめ読みが可能なので...