2018年7月19日木曜日

野上 卓:歌集「レプリカの鯨」

サラリーマン川柳かとも思う。似たような時代を生きてきた自分にもぐっとくるような歌の数々。印象に残ったもののいくつかを紹介する。
○ 職退けるのちも仕事の夢を見るたぶん死ぬまで折々に見ん
○ 平穏に退きたる過ぎ行きに解雇を告げし痛みもありぬ
○ 気に入らぬ上司はいづれ去りゆくと言いし吾らも退職をせり
○ わたくしが生まれた年がはやばやと歴史のように語られている
○ 寝ていれば指でつつかれ起こされた生きているのか確かめられた
○ 「この国」と吾が祖国さえ呼び棄つる気分になりしこの頃のこと
○ 交番にぼんやり巡査が立っている古びた街に住みたいと思う
○ 加齢によるものであるから心配するなというがそれが問題
○ わたくしの財布の厚み病院の診察券のたまりたるゆえ
○ 年寄りが偉かったのは昔ですだって私が年寄りですし
○ 階段の手すりを今は頼りにす新築時には笑いしものを
○ 歳々に花を見るため生きているような気になる三月半ば
○ 中空にとどまるよう蜂が滑るように消えて真白き夏道つづく
○ 七月の豪雨やまぬこの三日ゴーヤはすでに深く根を張る
このたびの西日本豪雨の災害に遭われた皆様にお見舞いを申し上げます。

2018年7月14日土曜日

椎間板ヘルニア

ここへきて生活パターンが乱れている。椎間板ヘルニアによる左足しびれ痛だ。思い起こせば今から15,6年前右足が痺れ、睡眠中に鈍痛で目が覚め眠れなくなるという症状が出た。そのときにも診断されたのが椎間板ヘルニアだった。その時の記憶では、街の整形外科のリハビリ体操と水中ウォーキングで治した。治したと言うより「直った」という印象が強い。今回はそうは行かない。思い起こしてそれらをやってみるが一向に改善の兆しが見えない。それどころか徐々に悪化しているような気がする。病院やリハビリを始めているが目下のところはかばかしくない。困ったことだ。ネットや腰痛体操の本などを読み漁って色々試している。ブログどころではなかった。

2018年6月19日火曜日

砂原浩太郎:「いのちがけ」

副題が「加賀百万石の礎」とあるのが内容をすべて言い表している。生まれ育った故国なのでその加賀藩を誕生させた前田利家の生涯を村井長頼という臣従の視点で描いたという着眼点が面白いと思って読んだ。ストーリーは信長-秀吉-家康という時代の本流に沿って生きた武将前田利家を中心にするので歴史的には周知の事象ばかり、そこをトピックス的に描いていく筆の運び方も十分で、物語はあくまで利家を見る長頼の心、交流が優しい。終盤で利家亡き後2代目のどこか頼りなげに見えた前田利長が今流にいえば「前田家ファースト」で家康のあわよくば取り潰してしまおうとする罠を潜り抜ける手立てを長頼に求めるあたりでぐっと引き締まった。こちらを中心にしたほうがもっと面白かったのにとまで思った。戦国を生き抜き、100万石の大大名としての地位を守り抜いた知恵の一端を知り得たような気もする。読んでいて文章力の確かさにも感心した。余談だが、ネット情報によればNHKの大河ドラマ「利家とまつ ~ 加賀百万石物語」では、的場浩司さんが村井長頼の役を演じていた、とあった。断片的に見たドラマだったが記憶にはほとんどない。

2018年6月16日土曜日

みなと横浜の春:開港資料館あたり

駆け足の春を追ってみなと横浜へ。開港資料館前の広場がすっかり変わって整備されていました。その直ぐ側には昔懐かしい幹事が残る昭和時代のレストランやビールの広告塔など面白い雰囲気。

2018年6月15日金曜日

山懐でテニス合宿

5月14,15日と恒例のテニス合宿、もう15年以上は続いている。この間雨で流れたのはほんの2回だけ。最初の頃は清里に宿泊して高原テニスを楽しんでいた。それから富士の裾野を6年ほど続けた。その後は石和温泉とだんだん近場に会場を移してきた。その石和温泉も何だか外国人の宿泊が多くなってのんびり感が薄れてきた。そして今年選んだのは小田急線新松田駅から行く「憩いの里」。この数年はマイカー利用も自粛して電車利用になった。そういえば参加人数も10人超えから昨今は6人ぐらいに半減してきた。年月の移り変わりを感じざるを得ない。しかし、今年の会場は良かった!郭公の鳴き声を聞き、遠くに富士山を望み、静かな山懐でのテニスは快適だった。宿の食事、温泉も癒やされた。

2018年6月14日木曜日

吉田修一:「永遠(とは)と横道世之介」

 横道世之介シリーズの完結編であることはタイトルから想像がつく。これは新聞の連載で読んだものである。と言っても細切れで読んだわけではない。というのは私は新聞のデジタル版の購読者なので、こういう連載小説はHPのアーカイブスのようなところに全部保管されているのでまとめ読みが可能なので...