2021年5月29日土曜日

宮本輝:「月光の東」

偶然とはいえ、一昨日のスーパームーンを見た直後に「月光の東」の感想を書くという偶然は一体何でしょう。

 2003年の作品。糸魚川という日本海に面した街で小学生時代から中学1年まで過ごした時の同級生3人。エンジニアになった杉井純造、小学時代から秀才で商社マンになった加古愼二郎そして塔屋米花(とうやよねか)。糸魚川時代によねかと別れた中学生時代から36年を経て47歳になった今頃、その加古がカラチで自殺し、その宿泊先に数日前までいたという主人公塔屋米花。この謎多き美貌の女性は小さい時から周囲に強い存在感を与える女の子で、だれもが注目して止まなかった。この女性を杉井と自殺した加古の奥さん美寿寿(みすず)の二人が探り追いかけていくという宮本作品には珍しいミステリー仕立て。杉井は糸魚川から信濃大町に転校していく時に、「月光の東まで追いかけて」という謎めいた言葉を投げ掛けられた。この訳の分からない言葉はいつまでも脳裏を離れず、そして自殺した加古の残された手紙にも同じ言葉が・・・。宮本輝が過去の作品で扱った競馬業界、糸魚川という土地、絵画や骨董の世界が要所要所にちりばめられ、中央アジアやネパールなどもロケーションとして使われていてある意味、手慣れた世界の中でストーリーを進めている。美貌と頭の良さで極貧と社会から除け者にされ続けた境遇からの脱出を図り見事に成功した人、しかしその人間としての哀しみが極端な行動を引き出しさらに誤解を生んでいく。こんな強い人を私は知らない。

2021年5月27日木曜日

スーパームーン&皆既月食(5月26日)

 日本で皆既月食が見られるのは2018年7月以来、約3年ぶり、そして次回は2144年4月18日(7.6分)です。ということは自分が皆既月食を見られるのはこのチャンスしかない。と知り、また天気も良好との報道で手ぐすね引いて待っていたのですが生憎、東の空に分厚い雲があって薄っすらと月光の所在を確認することもできない有様でした。20:50過ぎてようやく朧月が現れた。もういつもの白色に輝く半月になっていました。残念でしたがそれでもなんでも月食の月を見られたので良しとしようとシャッターを押しました。調べてみると「部分食開始から約1時間30分後の20時11分に月全体が地球の影に入り、皆既食の状態となります。この皆既状態は20時26分までしか続かないので、皆既月食のハイライトである「赤みを帯びた満月」が見られるのはわずか15分弱しかありません。」「赤銅色になるのは、地球の大気を通った太陽光のうち赤い成分のほうが月に届きやすいためです。」「大気の状態によって届く光が変化するため、月の色は月食ごと異なり、明るいオレンジ色や暗い茶色のように見えることがあります。」とありました。因みに下の写真は20:57の部分月食の月です。




2021年5月22日土曜日

夏川草介:「新章神様のカルテ」

 そうせきの「坊ちゃん」を意識した文体は今回の新章でも続いている。やたらと目新しい表現に気が付く。日頃あまり見慣れない「××然」が目立つ。一度に限らず二度、三度と使われるので全体として古風な雰囲気になっている。「端然」、「冷然」、「飄然」、「混然」、「呆然」あたりはよく使う表現だが「卒然」、「確然」、あたりは滅多にお目にはかかれない。「杳然」(ようぜん):深くかすかなさま。「今書いた真を今載せて―と去るを思わぬが世の常である」〈漱石虞美人草

医師になって6年、本庄病院で働き、思うところあって母校の信濃大学医学部に戻って早2年、大学院生として働いている。大学院生といってもそのキャリアから病院では第4内科第3班のサブリーダーでキャリア4年の先生と研修医を部下に持つ医局の働き盛りで本庄病院に劣らぬ多忙ぶりだ。その栗原先生に小春という女の子ができて家族3人の主になっている。そして本庄病院時代からの「任毛見あふれる診療振りは大学病院の規律とあつれきを生みながら患者と看護師の信頼を勝ち取り、陰ながら応援する心ある医師たちの応援を得て乗り越えていく、やはり青春小説の領域だ。

今回出てきたスコッチは「カリラ」お酒は「而今」、「豊賀」(小布施の蔵)「七水」(宇都宮)「田水」(三重)「信濃鶴」(駒ヶ根)「泉川」()「酔鯨」(高知)「呉春「開運」「咲くら」「鍋島」「奥」「旺然」)「善哉」(さいかな)(松本市)など数限りない。

医学部の良心とも称された親友、進藤達也の奥さんで大学では1年後輩の如月千春が同じ親友佐山の結婚披露宴で再会を果たし、進藤家にも春が訪れようとしている。続編が待たれる。

2021年5月13日木曜日

夏川草介:「神様のカルテ3」

進藤辰也医師の奥さんは勝手の品の大学では1年下の学年のテニス部のエースで快活な女性であり且つ、主人公栗原先生創部の将棋部の数少ない部員(進藤と栗原、そしてこの快活な如月の3人しかいない)だった。その如月さんはまだ東京の病院の医師を辞めないで頑張っている。何があったのか?

内科の古狐先生の抜けた穴を埋めるべく古狸先生がスカウトしてきたのが 小畑先生、消化器内科専門。12年のキャリアを誇り、聞けばかって研修医だった時、古狸先生の指導を受けたというではないか!この美人で才能豊かな先生がしかし、一癖も二癖もあるユニークさを持ち合わせていた。そして色々な患者の診察を通してユニークさの裏側に隠してきた秘密が明らかになる。そして医療診断ミスなのかどうなのかが問われるような症例を前にして、我らが主人公、栗原医師も進退窮まる。

漱石や鴎外、泉鏡花といった明治の作家を愛してやまない栗原先生の独白めいた古風な口調で物語は進む。そして6年間の本庄病院に別れを告げ、大学の医局に戻ろうとする栗原医師。これからどうなるのだろう?

もう1冊、残っている。「新神様のカルテ」ではこの続きがあるのだろうか?「新」というタイトルが何を意味しているだろうか?

2021年5月12日水曜日

夏川草介:「神様のカルテ2」

 連休の上に緊急事態宣言」発令でボランティア活動や野外でのスケッチも中止となり、家にいる時間が増えた。この際だからと長い間お預けになっていたアルバムの整理にも取り掛かった。それでもなんでも一つことに集中する時間が短くなった。足腰の衰えを感じるので散歩の時間を増やさなければという想いも強い。去年踵を痛めたこともあって水泳など始めたがそれだけでは足腰の衰えを補うことは難しいようだ。そして読書。水彩を描いたりと結構忙しい。

目下、はまっているのが夏川草介の「神様のカルテ」シリーズ.

3冊目がこの「神様のカルテ2」だ。本庄病院勤務5年目を迎えて堂々たるこの内科を支える中堅医師で看護師たちからも絶大な信頼を得ている。24時間、365日診療を標榜する中核病院だがその忙しさは勤務する医師にとっては地獄のような超多忙の日々が続いている。そこに新任の医師がやってきた。卒業以来顔を合わせることもなかった新藤辰也大親友。東京の最先端の病院に行って何を好んで本庄病院に戻ってきたのか?実家は松本市内のど真ん中のお蕎麦屋さん。医学部の良心ともたたえられていた秀才の新藤医師が意外な行動をとってみんなを驚かせる。その謎を解き明かしながら話は進んでいく。本書のクライマックスは内科の副部長である古狐先生の突然の発病と死だ。本庄病院内科を支える古狸先生の片腕である古狐先生、この二人の医者としての理想を追求する拠点がこの本庄病院だったのだ。その原体験を交えながら、古狐先生の生を全うさせる周囲の温かい気持ちに読み手も心休まる思いがした。本書で居酒屋「久兵衛」で出てくる日本酒の銘酒は「夜明け前」、「白馬錦」、「信濃鶴」、そして「寫楽」。こんな飲み屋が近くにあったら嬉しいのになぁ・・・。

2021年5月8日土曜日

映画:ノマドランド

 今年のアカデミー賞受賞作。

ノマドランド」は、「ノマド 漂流する高齢労働者たち」というノンフィクションを基に、リアルのノマドでもある主人公ファーンの目で見た高齢者の現実の車上生活者たちの実態をアメリカ西部の大自然の映像美とともに描いたロードムービーだった。プロの役者は、主人公ファーンを演じたオスカー女優フランシス・マクドーマンドと、ファーンと心を通わせるノマドのデイブ役を演じたデビッド・ストラザーンのみで、ほかに登場するノマドたちは実際の車上生活者だという。主人公ファーンはリーマンショック時に夫と家を亡くし、思い出の品を1台の古ぼけたSUVに詰め込んで旅に出る。私は「ホームレスではないよ。ハウスレスよ」と仲間に語る彼女の眼はしかし、哀愁に満ちていた。孤独、貧困、恐怖にさらされながら仲間との僅かな接点を頼りに心の平安を求める人々。一時代前の世界を放浪するヒッピー文化が若者の新しい生態だったのに対し、ノマドランドのそれは高齢者たちの放浪の生態だった。

2021年5月5日水曜日

2021サクラ便り(まとめて報告)

 コロナ禍の下、人混みを避けてスケッチであちこちのサクラを見ることができた。

近郊のサクラ

忍野八海のサクラ


2021年5月3日月曜日

夏川草介:「神様のカルテ」

 想定通り、神様のカルテ0が全体のイントロになっていて、この「神様のカルテ」は、大学卒業して5年、すっかり本庄病院の中堅医師。といっても上司のない会長の下には主人公、栗原一止、あとは研修医が2名(研修医は今年卒業した医師見習いで1年後はどこに行くかは分からない)いるだけの小所帯であることは就職して以来変わらない。一番大きな変化はその栗原先生は新婚1年目。前作で唐突に冬の常念~蝶が岳(まだ登山を楽しんでいた時に歩いたことを思い出す思い入れのある山々です。)に登場し、人を助けた小柄な若い女性写真家がこの栗原先生の愛妻だった。本庄病院は「24時間、365日対応」を標榜する松本市の駅に近いところの中核病院だ。もう一つの大きな出来事は母校から外科に同級生だったクマのような大男、砂山次郎が派遣されてくる。すでに29歳、日々死に物狂いで働くこの栗原先生に母校の医局から誘いの声が掛かる。大学では先端医学を学ぶことができる、だが大学病院では見てもらえないような末期の患者を誰が救うのか?死を前に途方に暮れる患者に手を差し伸べる医者になりたくて自分は本庄病院に就職したのではなかったのか?悩む栗原先生に入院患者の安曇さんが答えをくれた。

この作者、夏川草介はお酒が結構好きなのかもしれない。お酒を飲むシーンが結構多い。そしてそこに登場してくるお酒の種類、銘柄が凝っている。いつもは住んでいる昔は旅館だった「御岳荘」の同居人、通称「男爵」が無類のスコッチ好きで時々、聞いたこともない銘柄のスコッチを持ち出してくる。「神様のカルテ0」ではマクダフ16年物が出てきたが、本編では栗原先生が愛する日本酒の数々が、居酒屋「久兵衛」で登場する。「呉春」(大阪池田)「夜明け前」(辰野)、「佐久の花」(長野)、「飛露喜」(福島)などなど。


吉田修一:「永遠(とは)と横道世之介」

 横道世之介シリーズの完結編であることはタイトルから想像がつく。これは新聞の連載で読んだものである。と言っても細切れで読んだわけではない。というのは私は新聞のデジタル版の購読者なので、こういう連載小説はHPのアーカイブスのようなところに全部保管されているのでまとめ読みが可能なので...