2009年11月1日日曜日

NetCommons

CMS(Contents Management system)ソフトはホームページの構築が容易な上更新などのメンテナンスもHTMLなどの知識なしでも対応できるということで静かに浸透してきている。大流行のブログもその手のソフト上に構築されたものである。当KISASのサイトもブログ構築専用のCMSを利用している。

今般、各種コミュニティのウェブサイト構築を我がNPO(アクティブSITA)として請け負うことになりそうで、そこで使われようとしているのがNetCommonsという構築ツールなのだ。この存在は実は知らなかった。2004年ごろ、CMSに興味を持ってMTとかXOOPSに手を出していくつかのサイトを実験的に展開してきていたので余り違和感なくどんなものか感触を確かめるべくダウンロードした。

浅田次郎:「霞町物語」

BODY: 浅田次郎が青春時代を描いた自伝短編小説集だと思うが、お利巧で育ちの割りに無頼な高校時代を叙情豊かに描いていて、自分の過ごしてきた青春時代の甘酸っぱさを思い出させる好編。 本の公告キャッチコピーをコピーすると 「青山と麻布と六本木の台地に挟まれた谷間には、 夜が更けるほどにみずみずしい霧が湧く。 そこが僕らの故郷、霞町だ。 あのころ僕らは大学受験を控えた高校生で、それでも恋に遊びにと、 この町で輝かしい人生を精一杯生きていた。 浅田次郎が始めて書いた、著者自身の甘くせつなくほろ苦い生活」 ということだそうだ。 ----- EXTENDED BODY:

2009年10月31日土曜日

マイクロソフト社のソフトウエアライセンスを

このほど取得した。Windows7発売を前にきちんと評価できるようにした。

先ごろ購入したノートパソコンにインストールしようと考えている。マイクロソフト社では来年にはOffice10をリリースするとか。クラウドコンピューティング時代を前にしてどういう切り口を提供するのだろうか?大きな変化がパソコンの世界に訪れようとしている。そこを把握しておかないとコンサルに対応できない。

2009年10月22日木曜日

ノートパソコン

7年ぶりにノートパソコンを買い換えた。さすがに2002年購入のDynabookは遅くてとても使えない。放置したままで,今現在持ち出して使えるパソコンなしの状態を長く続けてきた。

Windows7の発売に合わせて秋冬モデルの発売が遅れていたので、型落ちを狙って買った。
Maker:DELL
Type:Latitude E4300
CPU:Core2 Duo SP9600(2.53GHz)・・・最上級レベル
RAM:4GB DDR3-SDRAM・・・・最大級大容量
HDD:160GB
OS:Windows XP Business
別にVista Business SP1付き

という仕様でCPUとメモリだけは張り込んだ。おかげで快適。OSは直ぐWindows7に乗り換える予定だ。

2009年10月14日水曜日

旅館「法師」

メモ代わりに書いておく。

世界一古い旅館という事でギネスブックにも載っている旅館が石川県にある。伝承では養老2年(718年)から続いている旅館との事。この事は昔、母からも「粟津には格の高い旅館があるよ」という風に聞いていたがまさかそんな古い歴史のあるところだとは思っていなかった。金沢からは車なら1時間は掛からないだろう。一度訪ねてみたい。それほど長い間この浮き沈みの激しいビジネスの世界で事業を継続させてこられたわけを垣間見てみたいものだ。<a href="http://www.ho-shi.co.jp/" target="_blank">参照</a>

2009年9月30日水曜日

輪島から先に

憧れの輪島に宿を取ってあった。能登中島の観劇の後は夜も遅いのでここから直接八王子に帰るという選択肢はない。ならば宿願をかなえるチャンス到来だ。母の実家能登中島から先は行ったことがない。小さいころ実家の縁側から能登中島の駅が稲田を越してはるかに見え、蒸気機関車が吐く煙と共に、輪島に向かって走っていく。あの先にはどんな風景が広がっているのかなぁ・・・と一人あこがれていたのを鮮明の思い出せる。

着いた輪島では丁度、御陣乗太鼓が始まるというので早速見学。昔は国鉄能登線の終着駅だった輪島駅前でほとんど毎日やってくれているらしい。素晴らしい太鼓だった。能登の祭りは東北の夏祭りと合い通じるものを持っているように感じる。どちらも本物をまだ見たことがない。9/20は能登中島の熊木の祭りが有名だが一日違いで見れなかった。来年こそと思う。

輪島から白米地区の千枚田を経由して時国家の屋敷を見学。そこから農村地帯を駆け抜けて帰途に着いた。奥能登という昔のイメージからすると立派な道路が整備されていて見直した。それでも専業農家であろう人たちに支えられている農村風景は本当に心安らぐ風景を見せてくれた。癒されるというのはこういうときだなぁと思いながらハンドルを握った。どんどん距離を稼げるような走りやすい道が勿体ないようなドライブだった。

2009年9月27日日曜日

能登中島駅

能登演劇堂は七尾市中島という所にある。七尾市の中心部からは車で30分掛からない。JR能登線では3駅ある。能登中島駅で降りると徒歩10分程度どろうか?

この能登中島駅は自分の幼少時の深い思い出の地である。奥吉田という所に母の生家があって毎年学校が休みになるとこの実家に行かされたものだ。この駅から実家まで歩いてどのくらい掛かったものだろうか?小学生の頃だと随分遠く感じたものである。 小1時間は掛かったではないだろうか?正規の道を歩くと遠いので母親からは線路伝いに歩く道を教えられたものだった。当時でも2時間に1本程度しか汽車の走らないローカル線だったからであろうか、常識では子供にそのような経路を教えるなど考えられない危険に満ちた道だった。途中に川を渡る鉄橋があってそこは線路の真ん中の幅30cmほどの板が敷いてあってそこを渡るのが本当に怖かった。小学校の高学年になっても怖かった。長さは当時は凄く長く感じられた。渡っている最中に汽車がきたらどうしようといつも心配だった。今回、時間があったのでその川のほとりに行ってみた。勿論見通しも凄くよくてもし汽車が差し掛かるとしても遠くからそれは察知できるような所ではあったが。そして川幅はそれでも10mはある感じだった。怖かったわけだ。身長との比例で考えれば倍の20mにも感じて当然だ。春先になるとその川では白魚を獲る網をしつらえた小屋が川端にたち、のどかに魚を獲っていた情景を覚えている。懐かしい少年時代へのプレイバックの一瞬だった。

吉田修一:「永遠(とは)と横道世之介」

 横道世之介シリーズの完結編であることはタイトルから想像がつく。これは新聞の連載で読んだものである。と言っても細切れで読んだわけではない。というのは私は新聞のデジタル版の購読者なので、こういう連載小説はHPのアーカイブスのようなところに全部保管されているのでまとめ読みが可能なので...