2013年3月9日土曜日

伊集院静:続「大人の流儀」

最近のエッセイ集で東日本大震災後のもの。仙台で実際に被災された経験をつぶさに書いていて、その凄さを追体験できました。この体験が与えた影響の大きさを感じさせられました。エッセイを通して幼少時からの教育やその結果としての人生観などがきちんと身についているのが判って面白い。この人の感覚は納得できます。

2013年3月8日金曜日

伊集院静:「大人の流儀」

続けて、伊集院さんのエッセイを手にしました。色々なテーマで描かれていてそれを読んでいるうちに、この人の若かりし頃(そうでもないか、かなり近い時までも)の無頼振りが浮かび上がってきました。その中の一文には、数年にわたって京都で芸妓さんと暮らしていたらしいことが出ていました。読んだ途端に、先頃読んだ「志賀越みち」の下敷きではないかと思ったりもしました。有名な夏目雅子との出会いから別れまでについて触れた一文には身につまされてしんみりと読まさせてもらいました。別れの辛さが切ない。全然別の感想ですが、読み進むうちに常盤新平の青春時代と重ね合わさってきます。青春時代の無駄・無茶がこの人たちの心の栄養になって色んなことを言わせたり、書かせたりしているんでしょうね。他人に影響を与える言動はそんな体験を基にしてされているので、ある種の説得力を持っているんですね。

2013年3月7日木曜日

柴田トヨさんの詩(その1)

返事
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風が 耳元で
「もうそろそろ
あの世に
行きましょう」
なんて 猫撫で声で
誘うのよ

だから私
すぐに返事したの
「あと少し
こっちに居るわ
やり残した
事があるから」

風は
困った顔をして
すーっと帰って行った

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柴田トヨさんが98歳で出版した詩集の中からお気に入りのものです。</pre>

2013年3月6日水曜日

先週のニュースから

1.体罰
親として子育て中に子供叩いたことがあっただろうか?そういう衝動に駆られたことは記憶にあるが、それを実行したかどうかは覚えていない。たぶん無かったように思う。そういう衝動に駆られたのは確か、長男が高校生になってからだったような気がする。一流までにはいかないが一応は進学校として名が通っていたが、折角その学校に入れたのですが、部活にサッカーを選んで練習に明け暮れ、成績はどんどん低下していきました。部活をやめるかどうかで大モメしましたが、決して親の言うことを聞きませんでした。そのとkには息子の方が強そうで腕力でもかなわないなぁと感じながら怒っていたことは鮮明に思い出せます。まして体罰で思いを通すというのは最低の説得術だと思います。スポーツ界であれば、コーチングの技術を学び、説得の技術をマスターし、人間心理学を学びしてやるべきでしょう。

2.ホワイトアウト
北海道の吹雪と大雪はこれも未曾有のことだったのでしょうか?柵サヤフ武器に離れているはずの地元の人たちが9名も凍死で命を落としました。悲惨な話ですね。八甲田山死の彷徨を思い出します。差額事故では深い霧がやはり道を迷わせ、多くの遭難事故を記録してきました。ホワイトアウトは怖いです。車と暖房の快適な現代生活が究極の自然の猛威に対する恐れを忘れた結果といえるのでしょうが、痛ましいことでした。

3.気球炎上
エジプトはルクソールでの事故。行ったこともありませんが、こういう事故に遭遇する可能性はだれにでも起こりうることでしょうね。国内でも遊園地の乗り物で時々起る事故と同じですね。北海道の吹雪の事故も同じですが、我々が生きているということは常に「死と隣り合わせで」であって、独立した生とか、死とかが存在しているのではないということですね。

コインの裏表、反対側の世界が必ずあるということですね。美は醜と、善は悪と、陰は陽と、長いは短いと、軽いは重いと対になっていますね。先日来から読んでいる加島祥三の「老子」の解説本によく出てきます。だから?無常観とは違います。今ある自分をそのまま受け入れる、ということ。己の欲するままに従うということ。後悔しない一瞬一瞬を過ごすということ。それを考えていきたいと思うのです。

2013年3月5日火曜日

映画:居酒屋兆治

本当は映画ではなく、ビデオ鑑賞でした。ビッグネームが目白押しでした。
1983年製作という。道理で高倉健、加藤登紀子、田中邦衛、大原麗子、みな若い。 降旗康男監督。高倉健の世界は今も昔も変わらないんですねー。ひたむきに不器用に生きていく男を演じると本当にそう見えてくる。

2013年3月4日月曜日

伊集院静:「志賀越みち」

この人の本も始めてです。図書館で手持ちの本が少なかったので本棚を物色していて、何となく手に取った1冊でした。タイトルの「志賀」という地名らしい名前、目次の中に金沢が出てくることから石川県を舞台にした物らしいと推測したのが選んだ理由でした。読み始めると、出だしで「志賀」というのが滋賀県の大津辺りから京都へと峠を越えていく山道の名前と判りました。そう、この物語は京都は祇園を舞台にした大学1年生の初恋物語でした。時代はほとんど自分の生きた時代と同じころのようでした。純粋な学生の一途な恋が周囲の暖かい眼差しに守られて・・・しかし、祇園という1000年の歴史を持つ花街の因習と伝統の檻のなかで悩み、もがきます。こういうジャンルの小説はあまり読みませんでしたね。「あの日パナマホテルで」とジャンルは同じなのかな?ちょっと違うように思います。

2013年3月2日土曜日

春が来た

毎年2月になると、朝夕新聞を取りに玄関に立つとき、必ずする癖のようなものがあります。それは、ウグイスの鳴き声を探ることです。春の兆しを明確に感じるのです。梅の花は何故か、開花に凄いばらつきを感じるのです。その点、ウグイスは自宅でという意味で定点観測になっているからでしょう。そのウグイスの鳴き声を昨日の朝、確認できたのです。3月1日です。これまでで最も遅い記録かな?と思い、過去のブログをひも解いてみました。何と驚くことに、2012年は3月6日、2011年は2月28日で例年とあまり変わらないという事が判りました。2008年では2月17日に確認できていました。色々な条件で変わるのですね。

吉田修一:「永遠(とは)と横道世之介」

 横道世之介シリーズの完結編であることはタイトルから想像がつく。これは新聞の連載で読んだものである。と言っても細切れで読んだわけではない。というのは私は新聞のデジタル版の購読者なので、こういう連載小説はHPのアーカイブスのようなところに全部保管されているのでまとめ読みが可能なので...