2020年4月28日火曜日

COVID-19(4):為さざるの罪

今日のニュースによれば、全閣僚が年間で300万円超の給与返納を決めたという。国民はそんなことを誰も望んではいない(と思う。私だけかな?)。ちゃんのやるべきことをやってくれれば!
首相は「国民に対人8割の接触減を!」と強く望んでいる。そのことは別に否定しないし、むしろ皆んなできる範囲で励行していると思う。しかし、そのメッセージが一部には届いていない。不心得者がいることは確かだが、それよりもなぜ首相のメッセージが国民に届かないのか?それは言葉に説得力がないからだ。専門家が「一人の感染者が0.5人の人に感染させるような状況を作り出したいから」の受け売り一点張りで他に何の説明もない。政府は「いつまでに何をする。だから国民も協力してほしい。」がないのだ。国民に無理を強いるだけで、政府として何をいつまでにやるから、心配しないで!」がないのだ。「PCR検査を受けたい人に37.5度以上4日続くまでは自宅静養しろ!」といい続けて3月初めから数えてもほとんど2か月、何も変わらない。普通の風邪ででも2日、37度を超えて熱が下がらないと医者に行く。このご時世でそれが同じ2日間でもストレスが全然違うはず。新コロナウィルス性なら、肺炎に悪化しないか?家族に移さないためにどうするか?苦しさに加えてストレスで一杯になるのが普通だ。この非人道的な扱いを国民に強いていることに何の痛痒も感じないのだろうか?PCR検査を日に2万件に増やすと記者会見で表明してからどれだけ日がたっているのか、いまだに検査件数は平均すると3千件程度。ドイツの1/10、韓国の1/4、ニューヨークの1/8。何も進んではいない。WHO総裁が「Test!Test!Test!」と叫んでいたのは2月の末だった。
何もしない、できない内閣だから300万円返上したい、とでも言いたいのだろうか?国民はだれもそんなことで許してはくれない。やるべきことをきちんとやってくれ、ただそれだけだ。言っても無駄な内閣だとは思いながらもつい愚痴りたくなる。これが国民が負託した内閣だと思うと尚更だ。訂正して付け加えると、政府がやろうとして形を見せていることが何もないのではなかった。ありました。①全世帯にマスクを2枚配る、②国民一人あたりに10万円配る、③休業で困っている人たちへの金銭補償、、。でも見てください。コロナウイルス患者を発生させないための施策は何もない。一見健康そうでも保菌者で人に移す可能性がある、」この状態から脱却するには検査の増強しかないのに。この内閣は国民が何人死のうとそれよりも経済が心配なのですね。緊急事態宣言後の総責任者は経済再生大臣であって、厚生労働大臣ではないのですから首尾一貫しているといえばその通りですか!今日はもう悲鳴、だけです。

2020年4月22日水曜日

サクラ(花)、鳥とくれば

風月でしょうね。世阿弥の書「風姿花伝」にあるという花鳥風月、「自然界の美しいものや景色のこと」「風物や景色の自然を題材に、詩歌や絵画を創作するなどして風雅な趣を楽しむこと」となるのでしょうが、ここに紹介するのはそれほどのことではありませんが、自宅付近の散歩コースや自宅から眺める風景のほんの一部です。
スケッチの題材を見付けようという眼で散歩コースを歩きます。

ユキヤナギの咲く小径




移りゆく時

境川 さくらと菜の花

           


  
水ぬるむ
       

4月8日今年最大のスーパームーン


2020年4月16日木曜日

境川の鳥たち

サクラなどの草木と共に、サンクチュアリ化しているので小鳥たちも多く飛来してくる。
今回はそれらを紹介。
シラサギ

オシドリ


カワセミ

2020年4月15日水曜日

4月14日:今年のサクラ

COVID-19で我が国のAリーダーの無力さに腹立たしい日々。
今日は久し振りの晴れで嬉しくなって強風の中、散歩に出かけた。家族連れの散策姿が目立つ。父と子が連れだって散歩している姿があちこちにみられるのはとても新鮮だった。例年になく早い開花だった桜が満開近くになって雪に見舞われ、その冷却効果か、そのぐずいぶん長い間、わが目を慰めてくれた。我らの嘆きを慰めるかのようだった。今回はその総集編。
2月28日 境川の散歩道に最初に咲く河津桜
何度もスケッチ挑戦しても上手く描けない水辺のサクラ
4月6日 三つ目山公園のサクラ(ソメイヨシノ)

4月6日 三つ目山公園のサクラ(丹沢方面を望む)

2020年4月4日土曜日

COVID-19(3):日本政府のやるべきこと

やはりまた、この話になってしまいます。行動の自粛を求められ我ら高齢者はどうすることもできず、家に閉じこもるしかない。そしてCOVID-19の患者数に一喜一憂している。ヨーロッパに次いでアメリカに飛び火して患者数は3月1か月で一気に25万人を超えた。これが日本だったら検査できるのでしょうか?1日に全国で3000人そこそこの検査しか実施できていません。正確に状況を把握することなしに対策はとれないでしょう。
今日、東京の患者発生数は100人を越え、それも現役世代中心、発生源不明者が7割を超えてきた。高齢者は用事がないから出歩くのを止め罹患率は減るのは当然だ。一見、健康そうな現役世代がクラスターになる。「非常期待宣言を出す出さない」とか「法的な強制力を持っていない」とかの議論の前に、肺炎患者がコロナウィルスに感染しているかどうかを確認するだけのようなモグラ叩き検査のやり方からドライブスルー方式などあらゆる手段を使って広く検査を実施する方向に早く方針転換しなければならない。誰もが一見健康そうでも陽性の有病者になりうる状況になってきている。国民を疑心暗鬼にさせ、活動を不活発化させている政府の方針は誤りだと思う。一時的に有病者数が激増してもやむを得ない。韓国はその方針で鎮静化の方向に向かっているかに見える。何よりも「データーなくして対策なし」ではないか!決められない政府になってしまっているのではないか?

そして米大使館はウェブサイトで「ウイルス検査を広範囲には実施しない日本政府の判断により、新型コロナ感染症(COVID19)の有病率を正確に評価することが難しい」日本国内での新型コロナウイルスの感染者数増加を受け、日本に滞在する米国人は直ちに帰国する準備に入るよう呼び掛けている。尤も、かもしれない。

  

2020年3月26日木曜日

COVID-19(2)

東京都の陽性患者数が昨日(3/25)43名、今日は47名となって様相が再び変化してきた。
オリンピック開催の延期と軌を一にしたこの現象は、一体何なのだろう?もう発生患者数を抑える必要性がなくなったからなのだろうか?と言いたくなる。日本のコロナウィルス対策では「疑わしきは検査せず、自宅待機を!」だった。幸いにしてこれまではその方針が功を奏したかに見えていた。しかし、発生患者数が増えてきて、しかも発生経路不明感染が増えてきたということは「検査せず」の方針がやはり誤ったということではないのか?実態を把握するデータが不足している中で的確な対処方針を打ち出せる訳がない。専門家会議なるものが発信する方針は正確なデータに基づかない信頼度の低いものになってはいないのだろうか?専門家会議なるものが政府の「疑わしきは検査せず、自宅待機を!」に異議も挟まなかったこと自体、主体性を疑わざるを得ない。責任は大きいのではないか?

2020年3月23日月曜日

COVID-19

新型コロナウィル肺炎という長ったらしい病原体に名前が付いた。コロナウィルスからCOVIを採り、Deserse(病気)のD、2019年から19を取った。
この病原菌の質の悪さ、退治のしにくさについてはすでに触れた通りだし、日本政府の意図的なのか、どうか疑わしいが「検査件数の驚異的な少なさ」は事態をどの程度正確につかんでいるのか疑念が付きまとう。WHOでも今、必要なのは”Test,Test,Test"だと叫んでいた。検査件数を極端に絞っている日本の現状は危ぶい。従って数少ないデータに基づいて議論している専門家会議の提言にも危うさが付きまとう。世界各国の対応にもばらつきがある。その中で目立つのが日本とイギリスだろう。イギリスではこれは専門家のアドバイスで弱い病原体だからか、現状のインフルエンザ並みにある程度感染者が出て免疫を獲得できればある意味での共存ができる、ということで緩やかな規制を行っている。パンデミックが起きない状況であれば「危ぶい均衡」の綱渡りを続けていくことになるのだろう。本当にいざというときに日に1000件も2000件でも検査できる余力を持ち備えているのであれば良いのだが、そこのところは分からない。だから危ないと感じる。
世界の発生状況を可視化してくれるジョンズホプキンス大学のサイトは直感的に現状把握できて有効だ。今パンデミックの中心はEU諸国だが、次に浮上してくるのはアメリカだろう。罹病者数は数日で1万人を超えた。アメリカの移民、取り分け密入国者たちは人数も多く、貧困で、劣悪な環境で暮らしている。そして保険にも入っていない。トランプ政権下で目の敵にされている。病院に行きにくい条件が揃ってはいないだろうか?ここに火が付くと大変なことが起きるのではないか?それから中南米。アフリカに拡がるとこれはもう手が付けられなくなる。高齢者、持病の持ち主がどんどんやられていく可能性がある。
一般的にウィルスは湿度が高く、気温もある程度高い条件では衰退していくという特性を持っていると思うがそれに縋るしかないのかもしれない、運任せ。既存の薬品でぜんそく薬やエイズの薬などいくつかの候補が出てきてその結果がもう少し経つと出てくるらしい。それに期待したい。今や、オリンピックなど開ける環境にないことはだれの目にも明らかだ。

吉田修一:「永遠(とは)と横道世之介」

 横道世之介シリーズの完結編であることはタイトルから想像がつく。これは新聞の連載で読んだものである。と言っても細切れで読んだわけではない。というのは私は新聞のデジタル版の購読者なので、こういう連載小説はHPのアーカイブスのようなところに全部保管されているのでまとめ読みが可能なので...