2泊3日のスケッチ旅行で留守をしました。天気もよく快晴の伊豆は松崎町でスケッチ三昧でした。かといってスケッチの腕が急に上がるはずもありません。良い空気と新鮮な魚が何よりのプレゼントでした。
このスケッチ旅行に行く直前、テレビとオーディオシステムをつなぐ光ケーブルを買ってきて繋ぎ、テストをしました。入力をラインからHDMIに切り替えるとテレビの音声がテレビ内臓のスピーカーからオーディシステムへと切り替わり深みのある音が繰り出されてきました。思わずにんまりしてしまいました。広がりが違います。音の深みが違います。ついでに録り貯めしてあったN響のハイビジョン画像を再生してみました。マズマズでした。センターに置いてあるバススピーカーの音がテレビの裏側から前に素直に出てこない。ここは配置を見直す必要があるぞ・・・ などと考えながら出掛けたのでした。
2010年11月26日金曜日
2010年11月20日土曜日
液晶テレビがやってきた
「エコポイントが12月から半減する」というニュースを耳にして、先延ばしにしていた我が家のテレビをブラウン管から液晶フラットテレビに置き替える決心をしたのは今月の初め頃でした。切り替えタイミングは世の中標準に比べると遅いほうかもしれません。受信環境はCATV経由ですので条件整備はできていたので受像機の置き換えだけで良いのです。CATVのセットトップボックスにチュナーが付いているので、その上にまたチュナー付きのテレビ受像機を買うのも芸がないなぁ・・・との思いも切り替えをずるずると後回しにしていた要因でした。何かスマートな方法があるのではないかと。モニターだけのものに比べても普通の受像機は割安です。売れる量が格段に違うのでしょうから仕方がありません。そのテレビが今日我が家にやってきました。ものの20分位で設置設定を済ませて引き上げていきました。
音響関係は光接続ケーブルを後で買ってきて2.1chサラウンドシステムに接続すれば完成です。早くハイビジョン画像で高音質の音楽をゆっくり聞いてみたいですね。どんな音を出すのでしょう。そして今度はスピーカーが気になりだすことでしょうね。
音響関係は光接続ケーブルを後で買ってきて2.1chサラウンドシステムに接続すれば完成です。早くハイビジョン画像で高音質の音楽をゆっくり聞いてみたいですね。どんな音を出すのでしょう。そして今度はスピーカーが気になりだすことでしょうね。
2010年11月18日木曜日
マイクロソフト:次期OSは2年後発売か?
少し前のニュースですが、アメリカのITメディアであるCNETで、マイクロソフトが次世代版の「ウィンドウズ」を約2年後に発売するのではないかと、報じたそうです。もちろん公式発表でもなんでもないようですが、グーグルが新しいパソコン用のOSとして「クロームOS」を年内に投入するようですし、アップルはiPhone,iPOD,iPADの好調を背景にマッキントッシュ向けの「マックOS」を搭載したノートパソコンでマイクロソフトに攻勢をかけています。これから数年のうちにパソコンの世界に大きな地殻変動が起きるのかもしれませんね。
2010年11月17日水曜日
電力線通信:PLCの国際規格認定を承認
我が家の便利な家庭内LANの一翼を担っているPLCですが、先ごろ新聞にこんな記事が出ていました。
以下引用-----2010年10月25日、パナソニックとパナソニック システムネットワークスが共同で提案していた?PLC(Power Line Communications:電力線通信)技術が、IEEE SA(Standard Association)で、IEEE1901 標準技術方式として正式に承認された、と発表した。
2011年のはじめに、IEEE1901 規格書が発行される。
また、今回の承認では、両社が CEPCA(Consumer Electronics Powerline Communication Alliance)とともに提案した他方式 PLC との共存技術も承認された。。なお、この共存方式は、IEEE1901 以外に、ITU-T G.9972 としても、今年の6月に承認されている。
今回承認されたパナソニックの通信技術方式は、高速電力線通信「HD-PLC」を採用する商品で使用している、Wavelet OFDM 方式。
両社は、今回承認された IEEE1901 準拠技術をすでに開発、同技術のライセンスアウトも実施している。
今後両社は、HD-PLC アライアンスなどの団体を通じて、IEEE 1901 標準対応商品間の相互接続性の確保に努めるほか、世界的標準 PLC の幅広い普及を推進していく。
HD-PLC は、パナソニックが提唱する高速電力線通信方式の名称で、パナソニックの日本およびその他の国での登録商標、もしくは商標。
Wavelet OFDM 方式とは、周波数利用効率が非常に高い直交周波数分割多重(OFDM:Orthogonal Frequency Division Multiplexing)を採用し、各サブキャリアの直交化に Wavelet 変換を適用して、高効率高速データ通信を実現するパナソニックの独自技術。
また、今回の承認では、両社が CEPCA(Consumer Electronics Powerline Communication Alliance)とともに提案した他方式 PLC との共存技術も承認された。。なお、この共存方式は、IEEE1901 以外に、ITU-T G.9972 としても、今年の6月に承認されている。
今回承認されたパナソニックの通信技術方式は、高速電力線通信「HD-PLC」を採用する商品で使用している、Wavelet OFDM 方式。
両社は、今回承認された IEEE1901 準拠技術をすでに開発、同技術のライセンスアウトも実施している。
今後両社は、HD-PLC アライアンスなどの団体を通じて、IEEE 1901 標準対応商品間の相互接続性の確保に努めるほか、世界的標準 PLC の幅広い普及を推進していく。
HD-PLC は、パナソニックが提唱する高速電力線通信方式の名称で、パナソニックの日本およびその他の国での登録商標、もしくは商標。
Wavelet OFDM 方式とは、周波数利用効率が非常に高い直交周波数分割多重(OFDM:Orthogonal Frequency Division Multiplexing)を採用し、各サブキャリアの直交化に Wavelet 変換を適用して、高効率高速データ通信を実現するパナソニックの独自技術。
以上で引用終わり------------
家の中の配線が3相でそのうち100V、2相を使っていますので ブレーカーで分岐されていたりする他の2相配線ですと伝送もできなくなります。この辺りがこの方式の限界ですが無線特有の指向性やシールド効果による減衰といった障害からは開放されて快適です。この方式が世界標準の中で一定の評価を得たことは喜ばしいことです。
2010年11月16日火曜日
Twitter・ツィッター
鳩山由紀夫元首相は誰が見ても明らかなくらい随分たくさんの負の遺産を残しました。そしてわずかに思い起こさせる功の部分があるとすればtwitterという単語を多くの人の耳に残したことぐらいではないでしょうか?
twitterというのは「小鳥のさえずり声=つぶやき」を投稿する道具(コミュニケーションサービスをするソフトウエア)といったところでしょうか。「つぶやき」はtweetと呼ばれているようです。
先日の日曜日、町田市で行われた「2010まちだ産業観光まつり」に<a href="http://active-sita.com/">アクティブSITA</a>が参加して実演をしたり、ミニ講座をしたりして最近のICTの話題の1つとしてこのtwitterを採りあげました。説明員になるために、参考書まで買ってそれなりに勉強しました。
twitterには自分の「つぶやき」を読んでもらうという場面と他人の「つぶやき」を継続して読むという場面とがあるわけで、鳩山さんのツィートが話題になったのも他人の「つぶやき」をフォローするという場面が話題になったわけでしょう。携帯電話などのような常時身につけていて、いつでも発信や受信ができる環境との親和性が非常に高いものです。
ところで自分がtwitterを利用できるように登録したのは今年の2月末ごろでした。でも生来そんなにマメなほうでもない上に、「つぶやく」という以上、常に携帯している端末なくしては成り立たない世界であるようだしほとんど「つぶやく」ことなどしてきませんでした。そして今回、まじめに参考書を読んでみましたが、やはりその印象は基本的には変わりませんでした。ただ、このtwitterをうまく利用する方法がいくつか紹介されていました。その中でブログを更新するとそれを自動的に「ツィート」してくれる「FeedTweet」というサービスはなかなか便利そうですのでこれをしばらく利用してみることにしました。「FeedTweet」というのは、
ここに登録すると、ブログが更新されていないかを指定した時間ごとに調べて更新されているときはそのブログのタイトルやURLをツィッターに投稿してくれるというものです。
このブログを投稿したあと、twitterをチェックしてみたいと思っています。
twitterというのは「小鳥のさえずり声=つぶやき」を投稿する道具(コミュニケーションサービスをするソフトウエア)といったところでしょうか。「つぶやき」はtweetと呼ばれているようです。
先日の日曜日、町田市で行われた「2010まちだ産業観光まつり」に<a href="http://active-sita.com/">アクティブSITA</a>が参加して実演をしたり、ミニ講座をしたりして最近のICTの話題の1つとしてこのtwitterを採りあげました。説明員になるために、参考書まで買ってそれなりに勉強しました。
twitterには自分の「つぶやき」を読んでもらうという場面と他人の「つぶやき」を継続して読むという場面とがあるわけで、鳩山さんのツィートが話題になったのも他人の「つぶやき」をフォローするという場面が話題になったわけでしょう。携帯電話などのような常時身につけていて、いつでも発信や受信ができる環境との親和性が非常に高いものです。
ところで自分がtwitterを利用できるように登録したのは今年の2月末ごろでした。でも生来そんなにマメなほうでもない上に、「つぶやく」という以上、常に携帯している端末なくしては成り立たない世界であるようだしほとんど「つぶやく」ことなどしてきませんでした。そして今回、まじめに参考書を読んでみましたが、やはりその印象は基本的には変わりませんでした。ただ、このtwitterをうまく利用する方法がいくつか紹介されていました。その中でブログを更新するとそれを自動的に「ツィート」してくれる「FeedTweet」というサービスはなかなか便利そうですのでこれをしばらく利用してみることにしました。「FeedTweet」というのは、
ここに登録すると、ブログが更新されていないかを指定した時間ごとに調べて更新されているときはそのブログのタイトルやURLをツィッターに投稿してくれるというものです。
このブログを投稿したあと、twitterをチェックしてみたいと思っています。
2010年11月13日土曜日
「早道町」の思い出
そういえば、足軽屋敷を見学したその時、懐かしく思い出したことがありました。説明文の中に庭のことが書いてありました。少し上級の武家の場合、用水から庭に曲水用に水を取り入れてもよかったようです。わが借家はそこまで上等ではなかったし、同じ町の中にもそのような家はありませんでした。やはり数少なくて点在していたとしても最下級の武士クラスだったのでしょう。でも、わが借家にはかなり大きな庭がありました。回遊式の築山があって色んな庭木が植わっていました。我々子供にもうれしい柿やイチジクの木も植えられていました。思い出したのは庭の掃除でした。小学何年生だったのでしょうか、ある時命令されてだったかどうかも記憶にはないのですが、一人で庭を丁寧に掃除したのです。そして事もあろうに築山にあった灯篭についていた苔を丁寧に全部取り、水できれいに磨き上げたのです。自分としてはとてもほめられると思ってやったのでしょうが、結果はすでにお分かりの通り、こっぴどく叱られてしまいました。なぜ自分がそんなに叱られなければならないのかさっぱりわからなかったことだけは覚えています。そして本当にとってはならない大事な苔というものがあるということが分かったのは10数年たってからでした。突如、そうしたことが思い出されたということは恐ろしいことです。さっきやっていたことを思い出せず、」こんな半世紀以上も前のことが突如まざまざと思い出されたということの意味はなんなのでしょう。いや、これ以上の詮索は身のためになりませんね。数年後には灯篭には以前と変わらぬ美しい苔が復活していたのは確かなことです。
2010年11月12日金曜日
足軽の家
金沢で高校生までを過ごした家は「早道町」といって将に名前の通り、飛脚など江戸との往来を受け持つ商人とも下級武士とも区別のつかない人たちが住んでいたところだと聴かされて育ちました。尤も借家住いで自分達の先祖はそのような前田家と縁もゆかりもない能登の出身で警察官という転勤族でした。その稼ぎ手の父親が早くに亡くなってその後、偶々縁があってそこ「早道町」に住んでいたのでした。今から考えてもかなり大きな二階家で、大家さんの老夫婦が2階に住み、大家族の我ら家族が1階を使っていました。門もあり結構広い庭もあり、まして2階建てでしたので、完全に昭和になってから建てられた家でした。ところが今回の典型的な足軽屋敷の内部を見学して驚いたことは、その我らが使っていた一階の間取りがその典型的な足軽屋敷のものとそっくり同じだったのです。台所の配置、その台所には井戸があり、夏はスイカなどを吊り下げて冷やしたりしたものでした。かまどなどの配置も記憶そっくり・・・・そのことにビックリしたのです。その当時の金沢では庶民の家の間取りとしては足軽屋敷の作りが伝統的というか典型的な物だったのでしょうね。そういえば町には古い本当の足軽屋敷が確かに点在していましたが、そういう新しい家が混在していても違和感はなく町並みにも一定の調和はあったような気がします。今はどんな町並みになっているのでしょうか?大学時代に一度いったことがあるのですがそれからもう半世紀が過ぎているのです。幼少時から今日までその時の流れや茫々たり。
2010年11月11日木曜日
金沢・能登半島1周旅行(7):穴水~金沢
最終日もよく晴れました。この日は能登島をドライブスルーして七尾の「食彩市場」で最後の郷土料理を食べて、そのあとは一路金沢へ。15時に無事レンタカーを返却し、あとは僅かばかりのお土産を買い足して、我らの3泊4日の旅は終わりました。3日間で合計430kmを走破しました。今回はホンダの「フィット」でしたがよく走りましたし、燃料もあまり減らずそこは結構感心してしまいました。次の車の買い替えも頭の片隅で考えていることもあり、それなりに参考になるドライブ三昧でもありました。
2010年11月10日水曜日
居間の音響機器更新
先ごろからテレビの地デジ化のための機器の検討を行っていました。TVも遂にブラウン管から液晶テレビに切り替えることにしました。国のポイントが12月から半減されるとおどかされて重い腰を上げたのです。設置場所からあまり大きなものには変えることもかなわず、32インチのLEDバックライト型にしました。10月20日発売開始の新型機なので入荷がいつになるのか連絡待ちです。今日、お先にホームシアターシステムが配送されてきましたのでその設置を行いました。音楽はすべてNAS(ネットワークに繋がっているハードディスク)からパソコン経由で聞く環境になっているのでその配線を済ませました。ホームシアターはオンキョーのBASW-V30HDX-Bで当面はスピーカー2本の2.1chです。本格的な5.1chへの拡張予定はありません。
さて、聴きはじめはやはり交響曲が良いかと考え、ベートーベンの交響曲第8番にしました。この曲は最近BGM代わりにいつも聞いているので違いを実感できると考えたからです。感想は「想像していた以上に素晴らしい」というものです。切れが良い。高音もよく伸び、低音のウーファーが結構頑張ってくれることも確認できて大満足です。次にサイモンとガーファンクルの懐かしい曲を飽かず聞き入りました。
さて、聴きはじめはやはり交響曲が良いかと考え、ベートーベンの交響曲第8番にしました。この曲は最近BGM代わりにいつも聞いているので違いを実感できると考えたからです。感想は「想像していた以上に素晴らしい」というものです。切れが良い。高音もよく伸び、低音のウーファーが結構頑張ってくれることも確認できて大満足です。次にサイモンとガーファンクルの懐かしい曲を飽かず聞き入りました。
2010年11月9日火曜日
金沢・能登半島1周旅行(6):民宿「さんなみ」
「さんなみ」は3組のお客様しか迎えることができないのだそうです。宿泊できる部屋が3つしかないのです。ご夫婦でやっているいわゆる「スローフード」が売り物の民宿です。ゆっくりくつろいで自家製の根菜や山野草、そして目の前の七尾湾でとれるお魚がこのお宿の食材なのです。くつろいで泊まってもらうための民宿を15年前に建てて始めたのだそうです。ですからここは日本でも有名な民宿だそうで、出発前に「よくそのお宿が予約できましたね」、と感心されていました。どんな民宿なのだろうと期待と好奇心で一杯でした。その感想は・・・・。
やはり大したおもてなしでした。囲炉裏のような大きな長火鉢のようなテーブルを我ら3人が囲み、次々と出てくる季節の料理を楽しむのです。もちろん季節のマツタケの土瓶蒸しは薫り高いものでした。能登は隠れたマツタケの産地なのだそうです。お魚は旬の「のどぐろ」。金沢でも「のどぐろ」を食べましたがTPOすべての条件を揃えていて美味しく感じました。
やはり大したおもてなしでした。囲炉裏のような大きな長火鉢のようなテーブルを我ら3人が囲み、次々と出てくる季節の料理を楽しむのです。もちろん季節のマツタケの土瓶蒸しは薫り高いものでした。能登は隠れたマツタケの産地なのだそうです。お魚は旬の「のどぐろ」。金沢でも「のどぐろ」を食べましたがTPOすべての条件を揃えていて美味しく感じました。
2010年11月6日土曜日
早見和真:「ひゃくはち」
『ひゃくはち』というタイトルは、硬式野球のボールについているあの赤い縫い目の数が108であり、人間の煩悩の数と通じることを懸けてつけられたのだそうです。高校野球球児のお話。あっという間に読める青春ドラマ。映画になったそうです。一応読んだメモリアルのために。
2010年11月4日木曜日
金沢・能登半島1周旅行(5):輪島~穴水
輪島に着いたその夜は、観光客のためにやっている「御陣乗太鼓」を観ました。これはショウ仕立てではあるが必見だと思い、余り乗り気でなかった二人でしたが結果は大満足を頂き、ホッとしました。
旅の3日目は、快晴でした。今回は4日間とも雨知らずで大変ラッキーでした。
・「輪島の朝市」・・・おばあさんが主役のこの市は海産物が兎に角安くて新鮮です。ここでは私はテニスの仲間が期待している「剣先するめ」を買わなくてはなりません。これさえ買っていけば喜んで貰えるのです。
・「曽々木海岸」・・・・外浦を代表するような荒々しい岩礁が続く。こんな風景を左に見ながら海岸線をひたすら最突端の灯台(今はやっていない)まで走り、そこからは波静かな内浦(七尾湾内)を走る。午前中の景色と対照的な女性的な緑の入り江を縫うように走る。
・夕日・・・内浦に入ったら水平線に落ちる夕日は無理、と言っていたが、『九十九湾』に差し掛かって海辺で遠い山並みと広い海に夕日が波を光らせる光景が出現。車を止め、夕日を追ってシャッターをバシャバシャ。良い写真が撮れたかどうかは別として十分満足した3人だった。この日の宿は美味の民宿として名高い「さんなみ」。本日の走行距離120km。
旅の3日目は、快晴でした。今回は4日間とも雨知らずで大変ラッキーでした。
・「輪島の朝市」・・・おばあさんが主役のこの市は海産物が兎に角安くて新鮮です。ここでは私はテニスの仲間が期待している「剣先するめ」を買わなくてはなりません。これさえ買っていけば喜んで貰えるのです。
・「曽々木海岸」・・・・外浦を代表するような荒々しい岩礁が続く。こんな風景を左に見ながら海岸線をひたすら最突端の灯台(今はやっていない)まで走り、そこからは波静かな内浦(七尾湾内)を走る。午前中の景色と対照的な女性的な緑の入り江を縫うように走る。
・夕日・・・内浦に入ったら水平線に落ちる夕日は無理、と言っていたが、『九十九湾』に差し掛かって海辺で遠い山並みと広い海に夕日が波を光らせる光景が出現。車を止め、夕日を追ってシャッターをバシャバシャ。良い写真が撮れたかどうかは別として十分満足した3人だった。この日の宿は美味の民宿として名高い「さんなみ」。本日の走行距離120km。
2010年11月3日水曜日
金沢・能登半島1周旅行(4):金沢~輪島(続)
足軽屋敷の話はまた、改めて書きたいと思います。
同行のSさんは奥様ともどもよく事前勉強していて予め送っておいた色んなパンフレットをよく読んでくれていて、金沢のお土産に「金粉つきのおせんべい」を所望されていた由。それなら何はさて置きゲットしておくべし・・・ということで地図を見せて貰うと直ぐどこにあるかは判りました。私が帰省したときいつも動き回っているエリアです。有名なお菓子なら名店街には必ず出ているのですがそのお店は聞いたことがありません。きっと新興のお菓子屋さんなのでしょう。それをゲットして、「これで奥様への義理の1部は果せたね!」と話は大いに盛り上がりました。私も金粉に乗せられて、お土産に買ってしまいました。というのは前日、東山で金箔の製造や製品の博物館を見てきたインパクトを思い出してしまったからですね。
車でどんどん北上し、左に日本海を見ながら、能登半島へと向かいました。直ぐ昔の話になってしまいますが、自分の知っている小学生時代の能登は本当に遠いところでした。母親の実家は能登中島というところ(今は、無名塾のホームグランドとなっている演劇堂で知る人は知っている有名なところ)。汽車に乗って2時間半は掛かりました。今は有料道路を車で走ると1時間で着いてしまうほどのところです。
・「なぎさハイウエイ」・・・・波打ち際を車で走る爽快感は格別です。友人達も喜んでハンドルを握りました。
・「平家の落人が庄屋」・・・能登は平家の落人が沢山来たところで、その筆頭格が翌日行く、『平 時国』。その他にもいくつかが江戸時代にはそのエリアを治める大庄屋だった。その素性を隠すことなく生きていたというのが何となく新鮮。
・「門前の総持寺祖院」・・・・鶴見の総持寺に対する能登の総持寺。これが数年前の能登大地震の影響でまだ復興できていない。そのダメージの大きさに改めて驚く。
そういえば、能登に入るに従って新しい家や屋根瓦の黒光りがイヤに目に付きましたが、ひょっとすると倒壊した家々が結局立替えたということかもしれません。通り過ぎるだけなのでそこまでの話を聴くことはできませんでした。
・このルートのハイライトは日本海に沈む夕日の美しさだったのですが、生憎の雲の多い天気で夕日には縁遠い空模様でした。夕方、17時に無事輪島の温泉に到着しました。走行距離は135km。
同行のSさんは奥様ともどもよく事前勉強していて予め送っておいた色んなパンフレットをよく読んでくれていて、金沢のお土産に「金粉つきのおせんべい」を所望されていた由。それなら何はさて置きゲットしておくべし・・・ということで地図を見せて貰うと直ぐどこにあるかは判りました。私が帰省したときいつも動き回っているエリアです。有名なお菓子なら名店街には必ず出ているのですがそのお店は聞いたことがありません。きっと新興のお菓子屋さんなのでしょう。それをゲットして、「これで奥様への義理の1部は果せたね!」と話は大いに盛り上がりました。私も金粉に乗せられて、お土産に買ってしまいました。というのは前日、東山で金箔の製造や製品の博物館を見てきたインパクトを思い出してしまったからですね。
車でどんどん北上し、左に日本海を見ながら、能登半島へと向かいました。直ぐ昔の話になってしまいますが、自分の知っている小学生時代の能登は本当に遠いところでした。母親の実家は能登中島というところ(今は、無名塾のホームグランドとなっている演劇堂で知る人は知っている有名なところ)。汽車に乗って2時間半は掛かりました。今は有料道路を車で走ると1時間で着いてしまうほどのところです。
・「なぎさハイウエイ」・・・・波打ち際を車で走る爽快感は格別です。友人達も喜んでハンドルを握りました。
・「平家の落人が庄屋」・・・能登は平家の落人が沢山来たところで、その筆頭格が翌日行く、『平 時国』。その他にもいくつかが江戸時代にはそのエリアを治める大庄屋だった。その素性を隠すことなく生きていたというのが何となく新鮮。
・「門前の総持寺祖院」・・・・鶴見の総持寺に対する能登の総持寺。これが数年前の能登大地震の影響でまだ復興できていない。そのダメージの大きさに改めて驚く。
そういえば、能登に入るに従って新しい家や屋根瓦の黒光りがイヤに目に付きましたが、ひょっとすると倒壊した家々が結局立替えたということかもしれません。通り過ぎるだけなのでそこまでの話を聴くことはできませんでした。
・このルートのハイライトは日本海に沈む夕日の美しさだったのですが、生憎の雲の多い天気で夕日には縁遠い空模様でした。夕方、17時に無事輪島の温泉に到着しました。走行距離は135km。
2010年11月2日火曜日
金沢・能登半島1周旅行(3):金沢~輪島
10月21日:曇り。予約してあったレンタカーを駆使してこれから3日間走ります。運転手には、3人ともエントリーしてくれたのですが、結果的にはなぎさハイウエーでの5~6kmを除いて後は全て私がハンドルを握る結果となりました。
・午前中にたっての希望で武家屋敷街を見て歩き、それから一路能登路へと向かいました。その武家屋敷として残されて公開されている足軽屋敷の展示に一番興奮(ビックリ)したのが何と私自身でした。
・足軽屋敷(屋敷というほどではなくて住居)・・・何故私自身が一番ビックリしたのでしょうか?それは私が生まれてから高校卒業までを過ごした家とそっくりの作りだったからでした。
・午前中にたっての希望で武家屋敷街を見て歩き、それから一路能登路へと向かいました。その武家屋敷として残されて公開されている足軽屋敷の展示に一番興奮(ビックリ)したのが何と私自身でした。
・足軽屋敷(屋敷というほどではなくて住居)・・・何故私自身が一番ビックリしたのでしょうか?それは私が生まれてから高校卒業までを過ごした家とそっくりの作りだったからでした。
2010年11月1日月曜日
金沢・能登半島1周旅行(2):金沢
10月20日、金沢に。地元金沢は毎年1回以上は帰っているのですが、いわゆる観光コースを案内するという経験はほとんどありませんでした。ですから一寸した戸惑いを感じると同時に自分でもここ数回、帰るたびに古い町並みに郷愁を覚えたり、こんな町並みがあったのかと改めて感心したりすることも多かったのでこの機会にそれらをまとめて廻ってみようかという楽しみを持って出かけました。
金沢に到着する時間は丁度お昼の12時。駅前のホテルに仮のチェックインをして荷物を預かって貰い、身軽になってパンフレットに出てくる観光スポットとそれらをつなぐ町並みを散策しながら廻るというのが作戦でした。一日フリーパスのバス乗車券を入手していざ出発。
・近江町市場でお寿司・・・買い物ツアーで今や有名なスポットですが、ここで握り寿司。旬の魚が美味しい。
・明治から昭和まで色々残っている商家を辿りながら、浅野河畔に出るとそこは主計町(かずえまち)・・・京都で言えば先斗町でしょうか?一寸スケールでも華やかさでも落ちますね。残念ながら・・・
・ここから橋を渡れば東の廓、その名も「東山」・・・ほんとに京都のマネですね。
・バスで金沢城跡~兼六園~21世紀美術館と散策して後は、夕食。ここで私の旧友を交えて酒を酌み交わそうというわけです。初対面でしたが打ち解けてかなり呑んでしまいました。皆さん、ご満悦でした。
金沢に到着する時間は丁度お昼の12時。駅前のホテルに仮のチェックインをして荷物を預かって貰い、身軽になってパンフレットに出てくる観光スポットとそれらをつなぐ町並みを散策しながら廻るというのが作戦でした。一日フリーパスのバス乗車券を入手していざ出発。
・近江町市場でお寿司・・・買い物ツアーで今や有名なスポットですが、ここで握り寿司。旬の魚が美味しい。
・明治から昭和まで色々残っている商家を辿りながら、浅野河畔に出るとそこは主計町(かずえまち)・・・京都で言えば先斗町でしょうか?一寸スケールでも華やかさでも落ちますね。残念ながら・・・
・ここから橋を渡れば東の廓、その名も「東山」・・・ほんとに京都のマネですね。
・バスで金沢城跡~兼六園~21世紀美術館と散策して後は、夕食。ここで私の旧友を交えて酒を酌み交わそうというわけです。初対面でしたが打ち解けてかなり呑んでしまいました。皆さん、ご満悦でした。
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2017年の夏、水をやり過ぎたのかみるみる萎れていった鉢。どうなることかと元気そうな株以外は全部、泣く泣く外して生き永らえた。相模原に引っ越して気長に付き合ってきた甲斐があって去年夏ごろから生気が帰ってきていた。水溶液の肥料などをやりながら時に日光浴させてきたら3年振りに開花した...
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この日もぽかぽか陽気の暖かな日だった。 多摩モノレールで立川の1つ手前、「柴崎体育館前」で下車して高架から下に降りると、もうそこが根川親水公園だった。湧水が作り出す小川を整備して遊歩道に仕立ててくれている。絶好のスケッチポイントだった。驚いたことに大通りのすぐ脇の高木にアオサギ...
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