2023年3月8日水曜日

吉田修一:「永遠(とは)と横道世之介」

 横道世之介シリーズの完結編であることはタイトルから想像がつく。これは新聞の連載で読んだものである。と言っても細切れで読んだわけではない。というのは私は新聞のデジタル版の購読者なので、こういう連載小説はHPのアーカイブスのようなところに全部保管されているのでまとめ読みが可能なので、これは本当に便利だ。この連載物が後に加筆訂正されて単行本として発売されるのだが基本は変わるはずもないので愛用している。

時は2007年、横道世之介38歳。舞台は吉祥寺のとある食事賄い付きの昭和を思わせる下宿屋「ドーミー吉祥寺南、あけみさんが賄い担当の経営者。で、いつの間にか横道君は事実婚という間柄の下宿人。プロの写真家と言っても学校の修学旅行の動向カメラマンであったり、師匠のの南郷先生の助手としての雑用をこなし、地味な週刊誌の写真をスポットで受けたりしてのマイペース。そのマイペースさが周りに自然と和んだ空気の対流を産み出し、色んなものを溶かしていく。その中心にいるのが横道世之介なのだ。本人の自覚は全くない。2007年かに高野馬場だったでか、線路に落っこちた人を助けようと飛び降りた日本人と韓国人の2人が電車に惹かれて亡くなった事故をヒントに掛かれたのかもしれない。世之介の最後の手紙にこんな一節がある。

人生ってさ、自分のためだけに使っても時間が余るような気がするんだ。

 誰かのためにその時間を使えるなんて、そんな幸せな人生はない。それが大切な人や困ってる人のためだとしたら、これほど気持ちのいい人生はないと俺は思います。

読み終わって懐かしい横道世之介に別れを告げたい。世の中のあちこちにいる何気ない顔をして生きている大勢の横道世之介さん、どうもありがとう。

2023年2月4日土曜日

鎌倉便り:麩帆(ふはん)(鎌倉ディープ)

 生麩とふまんじゅうのお店。このお店のどこをディープと感じたか?というと下の写真をご覧ください.


通りから見たお店の全体写真(手前の植え込みから簾(すだれ)で覆われていて、一番奥手に看板と共に間口60~70cmの窓口があってここで買い物をします。
扱っている商品は文字通り、ふまんじゅうと生麩だけです。しかし、その味と言い、包装と言い何ともお洒落なのです。ホームページも然り。

店舗と言っても恐らくはこの簾で覆われた建屋が製造工場でここで作ったものを鎌倉駅前や日本橋のデパートで売ってるのですね。勿論、リモートでも。ですからこのお店は初めから自分の店舗での販売に期待するのではなく、最初から対面、非対面を問わずリモート販売を主に考えておみせ(工場)を作ったのでしょうね!?でも随分思い切った形でオープンしたものですね!勿論買って試食してみました。饅頭も生麩もとても美味しかったです。ふまんじゅうの写真を撮り忘れました。

2023年2月1日水曜日

吉田修一:「ブランド」

 吉田修一がこれまでブランドの広報誌のようなところにっ執筆してきたエッセイ集。この作家の作品では「横道世之介」シリーズしか読んでいないので知らなかったが、もっと重い作品群があるようだ。横道世之介も今、毎日新聞に連載していてこれで終わりになるようだ。


2023年1月11日水曜日

鎌倉便り:コバンザメ商法?(鎌倉)ディープ



 鎌倉には大正から昭和初期に建てられた別荘がいくつか残っているようで、知りえている有名なものに旧前田家(現、鎌倉文学館)、古我邸、旧華頂邸がある。鎌倉駅に最も近いところにある古我邸は現在はイベントや披露宴などのできるフランス料理店、テラスはガーデンカフェとして利用できる。


広大な前庭の一番奥の高台に建物がある。桜の時期は綺麗だったが摂り忘れて今はない。カメラを手前に引いて門のあたりを広角で撮るとその門の右脇に土曜、日曜に、それも不定期なように見えるのだが軽トラの移動式の喫茶店が店を開くのである。

門前でかろうじて古我邸と軽トラが左右に入った。
店の名前は「Cuddle Coffee」。Google Mapで鎌倉駅の西側を拡大すると見えてくる。この軽トラ、勿論門前に停めて開店しているので家主の承諾は勿論得ているのだろうし、ひょっとしたらお客様を引き留めるための協同作戦をとっているのかもしれない。因みに「Cuddle」とは英語で抱きしめるという意味だと知った。成る程、やはり古我邸との合意で開いているコバンザメらしい。

2023年1月8日日曜日

2023年、新年が明けました

 COVID-19と命名された新型コロナに翻弄されて早3年、世界的なパンデミックという言葉にも慣れてきてしまいましたが世界的な規模で変異株が次々とできてきて終息するにはなかなか至りません。また、昨年2月にいきなり始まったロシアによるウクライナ侵攻もあと1か月で1年を迎えることになります。力のあるものなら何をやっても許される、恐ろしい時代がここにきて出現するとはだれも思ってはいなかったと思います。ウクライナの人々の苦難を思うととても他人事とは思えません。そうした中でも時はとどまることなく流れ、世の中は流転していきます。どうか平和な時が戻ってきますように祈らずにはいられません。

今年は元日にご来光を拝むべく、早朝起きして由比ガ浜海岸に行ってきました。波うち際にまで日の出を待つ人で一杯でした。こんなに大勢で日の出を待つなんて初体験でした。




水平線上ではなく、逗子市の山並みの上に出てくるので、日の出は7時02分でした。今年も皆さまにとって良い1年でありますように!


2022年12月31日土曜日

鎌倉便り:対照的な2軒の葛切りのお店(鎌倉ディープ)

  対照的な葛切りのお店を2軒を紹介しましょう。

賑わう日の様子です。何分待ちでしょうか?
かたや、そういうブームは真っ平ご免と静かに営業している葛きり屋さん。しかも毎週の営業日は3日のみという我儘店があります。

この日は日、月、火、金の閉店の日に当たっていました。



2022年12月25日日曜日

鎌倉便り:マイペースのお店(鎌倉ディープ)

 にぎわう商店街とは離れたところにも特徴的なお店がいくつもある。散歩方々、歩く道すがら見かけるそれらのお店のいくつかを紹介してみたいと思います。

このお店、「ブティックと中古本」を扱っているようです。普通のお家の玄関より狭い入り口から覗き見るようにお店の中を見ようと思うのですが見えません。何かで縁のある人以外、一寸入るには勇気が必要です。人が出入りするのも見たことがないですが、きちんと店は開けているようです。
自宅兼店舗でご自分の趣味を生かしてお店を開いているという印象がありますね。人が良く通る観光日和にだけ開いている、天気が悪い日は閉店という印象が強いお店の一つです。
このお店も正に趣味をベースにやっているという印象です。表の立て看板がなければお店をしているとは思わない普通の住宅みたいな作りですね。お店までの緩い坂道のアプローチが良いのか悪いのか、そういうことはあまり気にしていない話のようです。
銭洗い弁財天の裏側の佐助稲荷に行く近道には神社の祭礼の日か観光で賑わう土日にしか開かない古民家Cafeもあります。店主は趣味で東京からやってくるという噂も聞いたような気がします。



2022年12月21日水曜日

鎌倉便り:「MIICHI NO ICHI」(鎌倉ディープ)

 前回の増田屋豆腐店は水・土曜の開店だったが、このように時々しか開かない店が結構ある。観光地だから、お客様の来ない日は開かない方が効率的ではある。が、当地では意外とそうではない感覚で動いているように思えてきた。今回はお店とは言えないお店、

普段は普通のお宅なのに、たまたま通りかかったら何やら売っている。色々書いたチラシが貼ってあるので近寄ってみると「MIICHI NO ICHI」とありました。

月、火、木の13:00~16:00のみ開店のお店なのだ。並べてあるものは全国各地の隠れた商品(大量生産されることのない商品?)。東北から九州、沖縄などからでお聞きすると、東日本大震災以降に始められたようで、ボランティアさんを通して送られてくる岩手県のワカメやそれらのボランティアさん、ボランティアのお友達の出身地の特産品などが集められているのだそうだ。信州のはちみつ、平地飼育のランニングエッグ、沖縄のもずく、くるま麩、雪塩などの紹介ちらしも含めて10数種類の商品が展示販売されていた。こういうフリーマーケットのようなお店も散策の身にとっては面白い。頑張ってください、と思わず口にしていました。


ワカメと玄米のお餅(埼玉県羽生市雨読晴耕社製)を買ってみました。ワカメは水の戻すとトロットロの素晴らしい品質でした。玄米餅も温めると柔らかく食べやすい口当たりで両方とも大当たりの衝動買いになりました。また、時には寄ってみたくなるお店でした。
店主はNPO活動かボランティア活動をやっているのだろうか?そしてお店と言って紹介する類なのかどうかも分からないですが・・・・・?



















2022年12月14日水曜日

鎌倉便り:「源氏山公園から寿福寺」へ(12月8日)

 北鎌倉から山道を通って長谷の鎌倉大仏までのハイキングコースの中間地点にこの源氏山公園がある。標高は僅か93ḿと低山ながら、海に近いので登り口は標高2,30m程度だから一気に60mほどの急登となっている。今回は銭洗い弁財天神社経由の舗装された道を上った。

源氏山公園の源頼朝銅像がある広場を望む
頼朝增の背後が秋色で一杯

山茶花に背を向けてスマホを操作する人

浄智寺口への下りを辿ると中間地点辺りに太田道灌の墓があった。

さらに下りていくと足の幅ほどしかない、しかも岩肌がむき出しで滑りそうな細い道になった。軽い気持ちで降りてきたが緊張が走る。

そこを抜けるとそこはもう浄智寺境内だった。逆コースでこの道から登るのは結構きついかもしれない。
短時間だったがスリルある下り道だった。

2022年12月13日火曜日

鎌倉便り:秋の鎌倉海岸ドライブ(11月27日)

来春乗り慣れた車が車検を迎える、合わせるかのように警察から免許証更新の通知が来た。天啓のように閃いた。車を止めて免許証の返還だ。という訳で最後のドライブは鎌倉海岸を走った。 運転は地元に詳しい息子にお任せ。

この日は快晴で前日に降った富士山の積雪が綺麗な筈、との予想は的中した。

車内から見える江の島と真っ白な雪をかぶった富士山を見ながらの七里ガ浜ドライブ

稲村が崎の鎌倉海浜公園で散策
稲村ケ崎からさらに江の島方面へ

多くの人が訪れる鎌倉高校前の緩やかな坂道から海を見渡す

海岸に近いと道路の手前を通る江ノ電をちょっと見せてパチリと1枚、カメラを通した人気のスポットで、マネをして1枚撮ってきました。

2022年11月18日金曜日

鎌倉便り:増田屋豆腐店(鎌倉ディープ)

 鎌倉に生活して何気なく見ていた風景の中から小さなお店に目が向くようになってきた。するとそこに新たな発見があった。今回はお豆腐屋さん。創業何と1865年、慶応元年という。先代が亡くなられてもうやめようかと思ったが、ご贔屓のお客様からの立っての願いで、継続することになったとのこと。昔ながらのお店で、週2日間だけの営業。店先でも食べることができるので一度体験してみたいと思っている。狙いは豆乳プリンだ。

ぼんやり歩いていると見過ごしそうな佇まい

水曜・土曜日のみの営業というのが凄い

昔ながらの製法に拘る若女将

木綿豆腐と厚揚げ豆乳を買ったがどれも美味しかった。とりわけ木綿豆腐の舌触りは柔らかいクリームチーズのような感触で好みだった。
屋外のテラスで横須賀線の電車を見ながらお豆腐が食べられる。


2022年11月16日水曜日

畠中恵:「かわたれどき」

 図書館の開放架をサラッと見ていた時、この「かわたれどき」というタイトルに目がとまり、借り出した。この言葉には強い思い出があったからだ。昔の話ではあるが、高校生になった時、古文を担当するとてもユニークな先生がおられてその授業は緊張感もあり、面白かった。授業は黒板に新古今和歌集から一首を書き出して、その解説だけで1時間の授業を終えるというものだった。高校の授業とはこういうものかと、何か大人になったんだという感覚を持たせてくれた先生だった。その先生があるときの授業で、「たそがれどき」と「かわたれどき」の違いを教えてくれたことがあった。その時まで「かわたれどき」という表現は知らなかった。このときも高校って自分の知らない世界を色々教えてくれる凄いところなんだと思った感覚があった。自分にとってそんなタイトルの本を手に取らないわけはなかった。かわたれどきとは明け方で、あれはだれだとはっきり見分けられない頃》はっきりものの見分けのつかない、薄暗い時刻を指す言葉で、夕方を「たそがれどき」というのに対して使われるという。

さて、小説の方は、江戸の町名主、麻の助の話でどういった仕事をしていたのかよく分からなかったが要は町の困りごと揉め事を解決して取り纏めをする役割のようで、軽い謎解き凬に仕立てた物語だった。妻を失って若くしてやもめ暮らしになって周囲をやきもきさせていたが江戸深川の洪水で流されて、あわや命を取り落としかけたときに、1本の木に摑まって難を逃れたが、助かった後記憶喪失と夜中に「止めて」とうなされるという、この娘が悪友の妹、お雪。このお雪さんが濁流の中、夜が明けていく時が「かわたれどき」だったのだ。何を見て止めて!といったのか・・・このミステリーを解けるか?継之助!

2022年11月13日日曜日

鎌倉便り:秋の文学館(10月23日)

 秋晴れのこの日、文学館まで散歩した。秋のバラが見ごろだと想像された。・・・予想通り見事に咲きそろっていた。この文学館は旧前田藩主が買い取って、西洋洋式の別荘に仕立てて今に残る建築物で鎌倉の3大別荘の一つに数えられている。

バラ園から見上げる文学館

入り口の片隅には移動コーヒーショップが来ていて、美味しいコーヒーを頂くことができた。これも土日だけのことらしい。この文学館は来年4月から大規模改修で数年間、閉館になるとのことだった。

2022年11月7日月曜日

鎌倉便り:「大功寺」の花々(4)(10月18日)

 久々に、大巧寺に行ってみた。秋の風情はどうだろうかと、、、?

相変わらず綺麗に手入れされていた。この時期、ハギ(ヤマハギ)、ムラサキシキブ、子ムラサキシキブ、白シキブが乱れ咲いていた。


春先に見たニワフジ(コマツナギ)やアマギノグサもまだ咲いていた。今年の夏は天候不順で季節感を見失ったのだろう。





2022年11月5日土曜日

黒柳徹子:「窓際のトットちゃん」

 このベストセラーを私は読んでいなかった。1981年初版というから、今から40年も前の出版兊から、執筆当時の黒柳徹子さんは、御年40うん歳と若かった時だ。通算800万部も売れた戦後最大のベストセラーと言われている。また、著名人にしては珍しくゴーストライターも付けず、岩崎ちひろの挿絵が柔らかいタッチで和ませてくれる。1937年から1945年の東京大空襲で焼け落ちるまで8年間ほど、自由が丘駅前に本当に存在していたとは思えない小さなちいさな全校生徒数50名そこそこの、小林宗作先生が校長先生を務めていた「トモエ学園」とそこで過ごした自身の小学生時描いている。今でも十分ユニークな徹子さんの小学生時代のユニークさ振りは確かに読んでいて十分に伝わってきた。彼女はこの小学生時代、ずっと小林先生に頭をなでてもらいながら「君は本当はとってもいい子なんだよ」と声をかけ続けられていてそれがとても励みになって、私は大きくなったら小林先生のために役に立つことをしよう、と誓って成長したという。ここの「本当は」が意味するところの理解ができるようになったのはずっと後のことで、この学校と小林先生あっての今がある、と述懐している。不要になった電車の車両を教室にして毎日のお散歩が九品仏のお寺だったこと、轟渓谷で飯盒炊爨をしたこと、親戚のおじさんの別荘が鎌倉で、毎年夏は鎌倉海岸で遊んでいたことなど、餧自分にとってよく知っている、というか身近な場所で、情景を具体的に想像できるロケーションなので親近感を持って読むことができた。お父さんが有名なバイオリニストであったことは知っていたが、お母さんがとてもおおらかな方で基本、間違っていなければいつも徹子さんの味方であったこと、徹子さんが20歳になるまで、自分が如何に世間的な常識に捉われない、ある意味はみ出し者で小学1年生で最初の小学校を退学させられてトモエ学園に転校したことを知らなかった、とあとがきで書かれていて思わず、笑ってしまった。戦時下の統制厳しい中でどうしてこんなユニークな教育方針の学校が存立し得たのかも大いなる謎、と言える。この人がどういう経緯でNHKに採用されるようになったのか?これも是非ノンフィクションで読んでみたい、と思った1冊だった。


2022年10月21日金曜日

鎌倉便り:「海蔵寺」(10月3日)

 海蔵寺は鎌倉でも珍しく駐車場を備えているので車で行きやすい。また、観光客が一時的に押し寄せるというほどの魅力もないからか、駐車場もこれまでも空いていることが多かった。10月のはじめ、ハギの花がもう少しで満開なのだが、今は薄いピンクで全体が染まっていた。

端正な本堂にこれもピンクの芙蓉(フヨウ)が引き立て役を買って出ている。
芙蓉の後ろはフジバカマ?分かりません。
山門前の赤いハギです。庭に置いてある赤い日傘が中々しゃれています。

最近ではよく見かける風景ですが結婚披露宴などで見て貰うビデオ紹介といったところでしょうか?







2022年10月19日水曜日

鎌倉便り:今はもう秋・・・(10月1日)

 誰もいない海・・・と続く歌(トワ・エ・モア1970年発表、山口洋子作詞、内藤法美作曲)は私の愛唱歌の一つだが、この日は気温も30度を超えて暑かった。海風が心地よい程度に吹いてのんびり、ぼんやり海を眺めた散歩便りです。

由比ガ浜近くに洒落た建物、14室の割烹旅館、表は日本家屋凬でしたが裏手から見ると大正ロマンの素晴らしい建物(有形文化財)、「かいひん荘鎌倉」という3ツ星ホテルでした。
そこからも少し歩くと、海が見えてきます。

由比ガ浜に到着。逗子方面を見ています。
江の島方向を向くと16時ごろの夕日が海を照らしています。

鎌倉にきて気になって仕方のない存在がこの分厚いタイヤを付けて後部には物を引っ掛けるような金具がついた自転車です。そうです、サーフボードを挟み込んで運びながら自宅と往復しているサーファーたちの乗り物です。

これもそうですね。ボードを乗せて走っているところを撮りたいのですが、なかなかタイミングが合いません。あっという間に通り過ぎるので一度もカメラに収められません。

2022年10月13日木曜日

内館牧子:「すぐ死ぬんだから」

「終わった人」というドラマ風の本の連作ものにこの「すぐ死ぬんだから」があると知り、図書館から借りて読んでみた。「終わった人」がタイトルから連想されるように定年を迎え、祖語の日々をどう過ごそうかと苦闘するサラリーマンを描いているのに対し、こちらはそれから10_20年を経た年代の、謂わば内館さんと同年代の幸せに過ごしてきた夫婦が実は驚きの欺瞞の中にあったことを知り、天地がひっくり返るような驚きを体験し、乗り越えていくお話しだった。80歳代を前にして、絶対に年より臭く見られたくない妻と俺は自然体の生き方でいいよ、という折り紙が趣味の夫。その夫はいつも妻を「最高の人」と褒め上げていた。夫婦間では勿論、人前でもそう言って憚らない、そんな夫婦だった。その夫がある日、突然亡くなってしまう。どうやら数週間前に転倒して頭を打ったことがあったらしくてそこからの出血が原因だったが遺品の中から、本人が出入りするはずのない意外な場所の病院の診察券が出てくる、息子に手渡してあった重要書類箱から遺言書が出てきて相続に関する意外な内容から物語は急展開する。その意外な顛末は・・・・・。タイトルから想像するのとは一寸違って、やはり内館流のホームドラマ仕立てではあったが面白く読んだ。

2022年10月11日火曜日

水上勉:「土を喰う日々」―わが精進十二ヵ月ー

 何かで気になって図書館から借りたがその切っ掛けが何であったのか、思い返しても分からない。懐かしい作家の本だ。どんな内容かとページを開くと何と料理レシピの本ではないか! この人は福井県若狭の生まれで9歳から京都で小僧として禅寺に入っていた。何を得したかと問われれば精進料理を覚えたことだろう、と書き出している。畑で育てた季節の野菜を料理にして心のこもった惣菜をつくる。そうした昔の体験をもとに、1年12ヵ月にわたって様々な料理を自分で工夫して作って見せる貴重な料理本だった。と同時に土の匂いを忘れた日本人の食生活を嘆き、修業時代に躾けられたこと、教わったこと、師匠のことなどを語り継ぐ素晴らしいエッセイになっていた。文庫本でありながら、毎月のカットなども水上勉氏が直筆で描いたものらしいが気が利いていてお洒落だった。何より作家が楽しんで料理を語り、作り、書いている様子がありありと伝わってくる。

1月:等持院という禅寺で9歳から中学生時代を過ごし、かっては東福寺の管長を引退された尾関本考老師のお世話係(隠侍というらしい)をしていて掃除洗濯、食事のお世話をしていたらしい。老師は酒好きで、になると必ず酒、来客も多く、老師から直接料理の注文が出てそれを作っていたという。老師は又、日中庭の畑で作業を1時間ほどはやるのでいろんな野菜が植えてあって、隠侍である水上少年はそれらの野菜を見繕って料理を作らされていたという。畑と相談して料理を絞り出す、それが精進料理だと思っていた。土を喰らうというのはその時の実感だという。クワイを焼く、丸ごと気長に役と土が育てた甘い香りが漂うという。

2月:山椒の木の枝から作ったすりこぎの話から始まる。水上氏の手作りのすりこぎの写真。軽井沢で過ごしていた氏は敷地内で見付けた山椒の木から表面を磨いて作ったらしい。1~2月の軽井沢は畑には何もない。貯蔵庫に取り置いた野菜類がすべて。 こんにゃくの辛子田楽。フキノトウの串焼きに甘い味噌を添える。すりこ木から微かに削り取られる山椒の香りが移るような気がしてそこが何とも言えず料理の風味を増すような気がすると書いている。

3月:まだ畑には何もないこんな時来たお客に何を出したらよいか、考える。家にあるもの、例えば高野豆腐、湯葉、豆の煮ものなど。材料をにらみながら、材料になり切って、ひと工夫冒険してみる愉しみは面白い、と説いている。

4月:執筆に使っている軽井沢も山菜の宝庫と化する。ヨメナ、水芹、タラの芽、アカシアの葉、わらび、みょうがだけ、やまうど、アケビのつる、ヨモギ、こごみ、それらを小川を漁り、斜面を這い上り収穫してくるのだという。食べ方もシンプルで酒のおつまみにぴったりのものばかりが出てくる。

5月:筍の季節。わかめとの炊き合わせが一番と力説する。筍は竹林を連想させ、若狭の生家のこと、京都のお寺の竹林のことへと話は飛ぶ。東京の家に竹を植えて、自分はいくら生えても苦にはならないが、奥様はやたらと繁茂する竹、隣家に侵入するのを恐れ、これで衝突する、まさか竹林ごときで離婚する訳にもいかぬと小さく収めて知人たちに分け与えたりした話は面白い。

6月:梅、梅干しの話で完結。梅干しは50年経っても60年経っても十分梅干しとして味わえる。新潟の読者のお婆さんから「うちの土蔵には源義経が漬けたという梅干しがある。あなたになら1粒、食べさせてあげる」という手紙をもらった話が載っている。

7月:茄子。夏大根、茗荷、山椒の実を取り上げている。山椒の身にまつわる祖母の思い出話などは興味深い。料理には6つの味があるという。甘、辛、酸、苦、渋、に加え、後味(食べた後又食べたくなる後味)だという説を紹介してくれている。(日本料理の奥義、中村幸平著)

8月:奴豆腐。禅寺では3日に1回は豆腐料理だという。精進ばかりの料理に栄養を仕込むのが豆腐の役割で禅僧の長命の秘訣だという。ごま豆腐、胡桃豆腐、落花生豆腐もあるという冬瓜のあんかけも取り上げている。

9月:松茸、その他キノコ

10月:果実酒。地梨子、マタタビ、すぐり、見たこともないのであまりイメージが湧かない。畑ものでは秋ナス、唐辛子、その他野菜類の天ぷら・・・野菜の交響曲と表現している。

11月:栗の話だ。あとは冬に備えた献立。こんにゃくの山椒焼き、大根の田楽、馬鈴薯の田楽

12月:来年に備え、集めて山にしてあった落ち葉を日を選んで焚く。土に戻してやる作業が待っている。この時、渋柿を銀紙に包んで埋めておくとこれに大麦の粉を混ぜこねるとチョコレートのような美味なのようなものが出来上がるという。さすがにこれは一度食べてみたいと思わせるものだった。



2022年9月13日火曜日

鎌倉だより:白露巳日の「大祭」(今年は9月13日)

毎日の散歩コースになっている銭洗い弁財天、正式には銭洗弁財天宇賀福神社というのだそうだが、言い伝えでは源頼朝が「巳の年・巳の月・巳の日」に見た「夢のお告げ」によって、宇賀福神を祀ったことがその始まりと言われています。だからと言われてもそれ以上説明できませんがそういう訳で、9月の白露巳日は「大祭」が行われるのだそうです。朝の散歩に行ったらいつも7時をすぎないとご出勤されない係の人たちが大勢で掃除やら提灯飾りやら、忙しく立ち働いているのでびっくりしました。

平生はない左右の大きな提灯

帰りに入り口で落ち葉を掃いている話しかけそうな係のおじさんがいたので「今日は何かあるのですか?」とそぅと聞いてみて、上のことを知ったのです。鎌倉神楽というのが11時ごろから奉納されますよ、と教えてくれました。ここの神楽は神官が舞うのが特徴ですと言われ、これを見逃す手はないと思い、10時過ぎには再度、銭洗い弁天に向かいました。

準備の整った奉納会場

11時きっかりに奉納が始まりました。最初に神主からも説明がありましたが、本当に素朴に神官が神様に祈りを捧げるという気持ちがその神楽の所作によく表れていました。古来には24種の舞があったそうですが、今伝承されているのはそのうち12の舞だそうです。今日、銭洗い弁財天で奉納されたのは2種でした。その前にお祓いの御幣に神の意を受ける舞など2種があって、合計4つの舞を見ることができました。

邪を矢で射ている神楽

PRもできていないので観客も少なく、いかにもローカルな雰囲気で行われていました。良いものを見せて頂きました。



吉田修一:「永遠(とは)と横道世之介」

 横道世之介シリーズの完結編であることはタイトルから想像がつく。これは新聞の連載で読んだものである。と言っても細切れで読んだわけではない。というのは私は新聞のデジタル版の購読者なので、こういう連載小説はHPのアーカイブスのようなところに全部保管されているのでまとめ読みが可能なので...